学生記者のヨシタカです。今回はドイツ映画について書いてみようと思います。紹介する映画は2006年に公開されたドイツ映画「善き人のためのソナタ」(Das Leben der anderen)です。
ちなみに邦題は「善き人のためのソナタ」ですが、オリジナルのタイトルはDas Leben der anderen、「他の人の人生」です。「善き人のためのソナタ」というフレーズは映画の終わりに出てきます。下はWikipediaから取った映画のあらすじです。
「1984年の東ベルリン。国家保安省(シュタージ)の局員ヴィースラー大尉は国家に忠誠を誓っていた。ある日彼は、反体制の疑いのある劇作家ドライマンとその同棲相手の舞台女優クリスタを監視するよう命じられる。さっそくドライマンのアパートには盗聴器が仕掛けられ、ヴィースラーは徹底した監視を開始する。しかし、聴こえてくる彼らの世界にヴィースラーは次第に共鳴していく。そして、ドライマンが弾いたピアノソナタを耳にした時、ヴィースラーの心は激しく揺さぶられる。」
この映画に出てくる「国家保安省」通称「シュタージ」は東ドイツにおける監視社会を築き上げた張本人です。シュタージはナチスのゲシュタポやソ連のKGBにも匹敵する規模だったとか。映画の中でも監視対象の人物が不在のときに勝手に部屋に入り込みマイクを仕掛け、一日中屋根裏部屋で盗聴しているシーンがあります。当時の東ドイツの監視体制の実態が事細かく描かれている映画でもあります。
また、この映画の主人公ヴィースラー大尉を演じているのはウルリッヒ・ミューエという東ドイツ出身の俳優です。若いころ兵役でベルリンの壁の警備兵をしており、彼自身もシュタージの監視下に置かれていたようです。この体験もこの映画における彼の役作りに影響しているのかもしれませんね。
映画の冒頭のシーンが印象的だったので、以下ドイツ語のセリフと和訳、さらに注釈を加えてみました。冒頭は主人公ヴィースラー大尉が囚人を尋問する場面と、ヴィースラーがその尋問を録音したカセットテープで生徒に尋問の仕方を説明している場面の入れ替わりで構成されています。下のスクリプトだけでは何をやっているかわかりづらいと思うので、ここの動画を見ることをお勧めします。
以下、主人公のヴィースラー大尉はWiesler、尋問される囚人はHäftlingと書きます。Wachmannは最初に出てくる警備員で、Studentは講義のシーンで出てくる大学生です。セリフの途中途中に数字がふってありますが、これは下の注釈に対応しています。良かったらそちらも読んでみてください。
NOVEMBER
1984 BERLIN-HOHENSCHÖNHAUSEN 1
「1984年9月 ベルリン・ホーエンシェーンハウゼン」
(警備員が囚人を連れて廊下を歩く)
Wachmann:Stehen bleiben! Blick
nach unten! (Alarm) Weitergehen!
「止まれ!下を見ろ!(アラームが鳴り終わった後) 進め!」
UNTERSUCHUNGSGEFÄNGNIS
DES MINISTERIUMS FÜR
STAATSSICHERHEIT2
「国家保安省 取り調べ留置所」
(尋問室の手前)
Wachmann:Anrede Herr
Hauptmann3!
「大尉殿!」
Wiesler:Herein! Setzen Sie sich. Hände unter die
Schenkel, Flächen nach unten. Was haben Sie uns zu erzählen?
「入れ! 座れ。手を腿の下に、手のひらは下に向けて。何か話すことはあるかね?」
Häftling:Ich hab´4 nichts getan, ich weiß nichts.
「私は何もしていません、何も知りません。」
Wiesler:Sie haben nichts getan, wissen nichts. Sie
glauben also, dass wir unbescholtene Bürger einfach so einsperren lassen ... aus
einer Laune heraus5.
「何もしていないし、何も知らない。ということは我々が潔白な市民をなんとなく拘束するとでも思っているのだな…それも単なる気まぐれから。」
Häftling:Nein ich…
「いや、私は…」
Wiesler:Wenn Sie unserem humanistischen System so
etwas zutrauen, dann hätten wir schon Recht, Sie zu verhaften, wenn sonst gar
nichts wäre. Wir wollen Ihrem Gedächtnis ein wenig nachhelfen, Häftling 227
6. Ihr Freund und Nachbar, ein gewisser Pirmasens Dieter hat am 28.
September Republikflucht begangen. Wir haben Grund zu der Annahme, dass ihm
geholfen wurde.
「もし我らの人道的なこのシステムを少しでも信頼するのであれば、あなたを逮捕するのも当然の権利だ。我々はあなたが思い出す手助けをしたい、囚人227番。あなたの近所の友人、ピルマゼンス・ディーター氏が9月28日、西側へ逃亡した。彼に協力者がいたことぐらい私たちも知っている。」
Häftling:Ich weiß darüber gar nichts. Er hat mir nicht
mal7 gesagt, dass er rüber8
wollte. Ich hab's 9 erst im Betrieb erfahren.
「何も知りません。彼は西側に行きたいなんて一言も言いませんでした。逃げたことも工場で始めて聞きました。」
Wiesler:Beschreiben Sie mir doch bitte einmal, was Sie
an diesem 28. September gemacht haben.
「この9月28日にあなたが何をしていたか、詳しく話せ。」
Häftling:Das hab' ich doch schon
zu Protokoll gegeben.
「既に調書にあるはずです。」
Wiesler:Bitte noch einmal.
「もう一度話したまえ。」
Häftling:Ich war mit meinen Kindern im Treptower Park
spazieren. Dort traf ich meinen alten Schulfreund Max Kirchner. Wir gingen
zusammen zu ihm nach Hause und haben bis in die späten Abendstunden Musik
gehört. Er hat ein Telefon, Sie können ihn anrufen. Er wird Ihnen das alles
bestätigen. Ich kann Ihnen gern die Nummer geben.
「私は子供達と公園を散歩していました。そこで友人のマックス・キルヒナーに会いました。それから私たちは彼の家で遅くまで音楽を聴いていました。彼は電話を持っています。彼がすべて証言してくれるでしょう。電話番号をお教えしても構いません。」
(ここから生徒が10数名ほど座っている講義室 教壇にはヴィースラーがいる)
STASI
HOCHSCHULE POTSDAM-EICHE
国家保安省単科大学 ポツダム・アイへ
Wiesler:Die Gegner unseres Staates sind arrogant. Merken
Sie sich das. Wir müssen Geduld haben mit ihnen. Etwa 40 Stunden Geduld. Spulen
wir ein wenig vor.
「我々の国家の敵は傲慢だ。覚えておくように。奴らに対しては忍耐が無ければならない。40時間もの忍耐が。(カセットテープの再生を押して)先に進もう。」
(尋問室 既に外は暗くなっている)
Häftling:Ich möchte schlafen... Bitte
lassen Sie mich schlafen...
「眠りたい…どうか眠らせてください…」
Wiesler:Die Hände unter die Schenkel. Schildern Sie
mir noch einmal, wie Sie den 28. September verbracht haben.
「手を腿の下に置け。9月28日あなたがどう過ごしていたか、話したまえ。」
Häftling:Bitte...ich will nur
eine Stunde...nur ein bisschen...schlafen.
「1時間だけでも…すこしだけ…眠らせてください…」
Wiesler:Sagen Sie mir noch
einmal, was Sie an diesem Tag gemacht haben.
「この日何をしていたか、もう一度言え。」
Häftling:(weint)
(囚人が泣く)
(講義室)
Student:Warum müssen Sie ihn so lange wachhalten? Ich
meine...das ist doch unmenschlich.
「なぜ彼をそこまで長く起こしたままにする必要があるのです?これは…非人道的です。」
Wiesler:Ein unschuldiger Häftling wird mit jeder
Stunde, die man ihn länger dabehält, zorniger, wegen der Ungerechtigkeit, die
ihm widerfährt. Er schreit...und tobt. Ein Schuldiger wird mit den Stunden
ruhiger... und schweigt...oder weint. Er weiß, dass er zurecht dort sitzt. Wenn
Sie wissen wollen, ob jemand schuldig ist, oder unschuldig, gibt es kein
besseres Mittel als ihn zu befragen, bis er nicht mehr kann.
「罪のない人間は長く拘束するほどイライラしてくる。自分に降りかかったこの不当な仕打ちにだ。ついには叫び、大声で怒り出す。罪のある人間は次第におとなしくなり、黙るか…泣き出す。彼自身そこに座っている理由を知っているからだ。誰かが有罪か無罪かを知りたいならば、答えられなくなるまで尋問する以外に良い方法はない。」
(尋問室)
Häftling:…Schulfreund Max Kirchner. Wir sind zu ihm
nach Hause gegangen...und haben Musik gehört bis in die späten Abendstunden. Er
hat ein Telefon, Sie können ihn anrufen. Er wird das alles bestätigen.
「(疲れた様子で)…昔の友人マックス・キルヒナー。僕らは一緒に彼の家へ行きました…そして夜まで音楽を聴いたのです。彼の家には電話があります。電話を掛けられます。彼がすべて証言してくれるでしょう。」
(講義室)
Wiesler:Fällt Ihnen etwas auf
an seiner Aussage?
「彼の発言に関して、何か気付いたことはあるかね?」
Student:Er sagt das gleiche wie
am Anfang.
「彼ははじめと同じこと言っています。」
Wiesler:Er sagt dasselbe wie am Anfang. Wort für
Wort 10. Wer die Wahrheit sagt, kann beliebig
umformulieren. Und tut das auch. Ein Lügner hat sich genaue Sätze
zurechtgelegt, auf die er bei großer Anspannung zurückfällt.
「彼ははじめと全く同じことを言っている。一字一句違わずに。本当のことを言う者は、好きに文を言い換えられる。そして実際にそうする。嘘つきというのは、極度の緊張状態にあっても思い返せるように最初から何を言うか用意している。」
Wiesler:227 lügt. Wir haben
zwei wichtige Indizien und können die Intensität erhöhen.
「囚人227番は嘘をついている。我々はこれら2つのヒントとなるもの (囚人が泣いていることと同じ発言を繰り返していること) をつかんでいる。よってここでさらに圧力を加えてやるといい。」
(尋問室)
Wiesler:Wenn Sie uns den Namen des Fluchthelfers
nicht nennen, muss ich noch heute Nacht Ihre Frau verhaften lassen. Jana und
Nadja kommen in eine staatliche Erziehungsanstalt. Wollen Sie das? Wie heißt
der Fluchthelfer? Wer war´s?
「協力者の名前を言わないつもりなら、今夜にでも貴方の奥さんを逮捕しなければいけない。ヤナとナディア(娘の名前)も孤児院に通うことになる。これでもいいか?さあ協力者の名前を言え。誰だ?」
Häftling:Gläske.
「グレスケ。」
Wiesler:Nochmal, deutlicher!
「もう一度、はっきりと!」
Häftling:Gläske, Werner Gläske.
「グレスケ。ヴェアナー・グレスケ。」
Wiesler:Werner...Gläske.
「ヴェアナー・グレスケ。」
(講義室)
Wiesler:Ruhe. Ruhe! Hören Sie. Kann mir jemand
sagen, was das ist? Die Geruchskonserve für die Hunde. Sie ist bei jedem
Gespräch mit Untersuchungshäftlingen abzunehmen und nie zu vergessen. Bei
Verhören arbeiten Sie mit Feinden des Sozialismus. Vergessen Sie das nie. Guten
Tag
11.
「静かに。静かに!聞け。(カセットテープの音を聞かせて)これは何の音かわかるものはいるか?犬に使う囚人の匂いの標本をとっているのだ。毎回尋問のたびに取り、決して忘れないように。尋問において君たちは社会主義の敵を相手にするのだ。これを絶対に忘れないこと。今日はこれで終わる。」
というわけで、解説を加えるとえらい長いものになってしまいました。セリフの訳も自分で何とか訳してみたものなので、どこか変なところもあるかもしれません。そこはどうかお許しください。
とりあえず見ての通り、冒頭は将来のシュタージ捜査官の卵たちに囚人の尋問方法を教えているシーンです。そしてその尋問方法というのが「容疑者を40時間ほど同じ質問で尋問し続け、その反応を見る」というもの。非常に残酷な方法ですが、いわゆる賢い方法でもあると思いました。
映画の内容に関してはあまり多くは語れませんでしたが、どこかネガティブな要素の多いドイツ映画(私の勝手な印象です)の中でも、これは単純に楽しめる映画であると思います。ぜひ一度ご覧になられてみてはいかがでしょうか。
ヨシタカ
※注
1 Berlin-Hohenschönhausen
GoogleでHohenschönhausen と調べてみたら、博物館のホームページが出てきました。どうやらベルリンのホーエンシェーンハウゼンにはシュタージの刑務所が実際にあったそうで、現在は博物館として公開されているようです。http://www.stiftung-hsh.de/
2 Ministerium für
Staatsicherheit
悪名高き東ドイツの国家保安省の別名「シュタージ」はStaatssicherheit(シュターツジッヒャーハイト)の省略された形です。
3 Anrede Herr Hauptmann!
大尉殿!と訳しましたが、本来の意味は少し違います。
Anrede とは相手への話しかけ方、つまりSieやDuなどのことで、Anrede Herr Hauptmann というのは “Die Anrede ist
Herr Hauptmann!“ が口語的に略された形です。ここではこの囚人に対して、これから尋問する人、つまりヴィースラー大尉をHerr Hauptmannと呼ぶように命令しています。「これからお前を尋問する人のことはHerr Hauptmannと呼べ!」という事ですかね。
※Herr Hauptmann
軍隊でいう大尉のこと。ここでは苗字などではありません。Herrは男性の名字だけでなく職務に付けられることもあります。ちなみに少尉はLeutnant、中尉はOberleutnantと言います。
4 hab´ [hap] = habe
この例に限らず話し言葉において動詞の一人称の最後のeはしばしば省略されて発音されます。例えばmache→mach´などです。文章上においてこの省略は大抵右上のコンマが打たれることで示されています。
5 aus einer Laune heraus
Laune は「機嫌」で、aus einer Laune heraus で「なんとなく、気まぐれで」といった意味になります。
6 227
この場面を見ると、227は「ツヴォー、ツヴォー、ズィーベン」と発音されています。これは電話越しで話す際など、zwei(ツヴァイ)とdrei(ドライ)との混同を避けるためによく使われる表現です。
7 rüber = hinüber
「乗り越えて、通り越して」の意味。ここではベルリンの壁を超える、つまり「西ドイツに逃亡する」ということです。ちなみにrüberというのはherüberの省略形のように思われますが、実はhinüberの口語表現における省略形でもあります。hin-とher-では方向が真逆ですが、口語的表現だと形が一緒になってしまうのですね。これはrausやrauf、 reinなどでも同じです。
8 nicht mal = nicht einmal
einmal はよくmal と省略されます。nicht einmal は「一度も~ない」という意味です。
9 hab´s = habe es
esは口語表現においてしばしば省略された形で発音されます。例えばwenn es
→wenn’s などです。
10 Wort für Wort
「1語1語」。ここでのfür は連続性を示しています。例えばTag für Tag で「毎日」という意味です。
11 Guten Tag
「こんにちは」?あれ?と思った方もいらっしゃるかもしれません。見ての通り講義の終わりで言われることもあるようです。ドイツ人の友人に聞くと、これは少し古臭い表現で、これを言う人はどこか厳しい印象を与えるようです。
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