2017年10月11日水曜日

【獨協インターナショナル・フォーラム2】ルターと音楽 Luther und Musik

2017年は、マルティン・ルター(14831546)が1517年に「95か条の提題」を出してから500周年の節目の年で、ドイツでもそのことを記念する行事がたくさん行われています。獨協大学でも、1111日(土)に国際フォーラムを行うことになりましたので、それに関連してルターと音楽について書いてみたいと思います。

 ルターといえば、世界史では宗教改革を行った人物として習ったと思います。詳しい人だと、ヴァルトブルク城にこもって聖書をドイツ語訳したとか、ラテン語で行われていたキリスト教の礼拝に母国語(ドイツ語)を持ち込んだとかいうことも知っているかもしれません。でも、ルターと音楽ってどう結びつくの?と疑問に思う人が多いのではないでしょうか。


実はルターはとても音楽の才能のある人でした。子どもの頃は聖歌隊でアルトを歌い、その美声に感銘を受けた名家の夫人から経済的支援を受けたこともあったそうです。大人になってからは柔らかいテノールの声で歌い、リュートというギターのように弦を指ではじいて弾く楽器をよく演奏しました(イラスト参照)。それだけでなく、ドイツ語の讃美歌もたくさん作詞・作曲しました。


リュートを弾くルターと讃美歌を歌う子どもたち(Gustav Adolf Spangenberg



ルターの作った讃美歌としては、35曲が現在のドイツの讃美歌集(EG)に収められ(作詞だけのものや、共作のものを含む)、歌い継がれています。日本の『讃美歌21』という歌集には、そのうち10曲がとり入れられています。そのなかで、宗教改革記念日(1031日)によく歌われるのが『神はわが砦』です。同じ音を繰り返して始まる力強い歌で、1529年の讃美歌集で印刷・出版されました。その少し前の152728年頃、ルターは重い病にかかり、死を覚悟して妻と息子に別れを告げるほどでした。そんななか、苦難の時に必ず助け守ってくれる自分の砦としての神の存在を聖書(『詩編』46編)で読み、この讃美歌を書いたといいます。神への強い信頼を歌った讃美歌です。

この讃美歌は礼拝で歌われただけでなく、多くの作曲家の創作意欲を刺激してきました。たとえば、パッヘルベルやバッハはこの讃美歌の旋律を使ったオルガン曲を書きましたし、メンデルスゾーンは交響曲に、マイヤーベアーはオペラにこの旋律をとり入れています。

では、ルターは何故みずからドイツ語の讃美歌を書いたのでしょうか。それまでのキリスト教会では、歌はラテン語で歌われ、ラテン語の知識のない一般民衆には内容がよく分かりませんでした。また、教会の聖歌隊や聖職者が歌うのを信者は聞いているだけのことが多く、信者は言ってみれば受動的に礼拝に参加するのみでした。ルターは、信者ひとりひとりが神に向き合うことが大切だと考え、信者に理解しやすいように聖書をドイツ語訳しましたし、信者自身が歌うことで信仰も深まると考え、礼拝で信者が歌えるようなドイツ語の讃美歌が必要だと考えました。ヨハン・ヴァルターらの音楽家の力も借りて、礼拝にふさわしい讃美歌を増やしていき、そのようななかでルター自身もドイツ語の讃美歌を作詞・作曲したのです。

讃美歌を書くにあたっては、「歌詞も音符も、アクセントも旋律も、真の母国語とその抑揚から生まれなければならない」と述べて、ドイツ語に合った讃美歌を生み出そうとしました。ルターの書いた讃美歌は、ルターの書物や説教より多くの人を改宗させたと伝わります。ルターは、「私は、神学者になっていなかったら、音楽家になっていたに違いない」と言っています。彼は、音楽を「神の素晴らしい賜物」と考え、「私は音楽を神学に次ぐものとし、それに最高の称賛を与える」とも言って、礼拝のなかで音楽が果たす役割を重視しました。そして、讃美歌だけでなく、それまでのキリスト教会では使用が控えられてきた楽器の響きも積極的に礼拝にとり入れました。

「ドイツは音楽の国」というふうに聞いたことがある人も多いと思います。ドイツの作曲家としては、バッハやベートーヴェン、シューマン、ブラームス、ワーグナーなど、多くの名前を挙げることができます。ルターの頃(16世紀)のドイツは、音楽のうえで主導権を握る国ではなく、イタリアやフランドル地方(ベルギー周辺)から音楽家を招いて他国の進んだ音楽をとり入れているところでした。ところが17世紀以降、ドイツはヨーロッパのなかでも非常に音楽の盛んな国になっていきます。一方、ルターの少しあとに宗教改革を行ったジャン・カルヴァン(15091564)は、礼拝での音楽の使用を最小限とし、カルヴァン派の広まったスイスやオランダでは、音楽はあまり発展しませんでした。つまり、ルターが礼拝で音楽を重視した姿勢が、ルター以降、ドイツで音楽が豊かに発展していく礎になったとも言えるのです。

11月の国際フォーラムでは、オルガニスト・指揮者の鈴木雅明氏にもお越しいただいて、コンサートで実際にルターらの音楽を聴きながら、ルターがドイツ文化に及ぼした影響を考えてみたいと思います。鈴木雅明氏は、バッハ作品の演奏などの功績でドイツ政府から勲章を授与されたほどの素晴らしい音楽家です。どうぞお楽しみに。

(木村佐千子 教授)

『神はわが砦』の楽譜 



   

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