2014年1月23日木曜日

映画『ハンナ・アーレント』追加上映しています!

昨年12月20日の記事で紹介した映画『ハンナ・アーレント(Hannah Arendt)』(2012年)は、岩波ホールでの上映は終了(1月16日)しましたが、ユーロスペース他数か所の劇場にて、アンコール上映、追加上映となっています。

以下、各劇場の上映情報です。


ユーロスペース(渋谷)

【期間】 1月11日~1月31日

【上映時間】
13:30/18:40~20:50

【入場料金】
一般1700円/大学・専門学校生1400円/会員・シニア1200円/高校生800円/中学生以下500円




新宿シネマカリテ

【期間】 1月18日~1月30日

【上映時間】
1月18日~24日:12:10~14:10/21:15~23:15(レイト)
1月25日~30日:12:15~14:20/21:00~23:00(レイト)

【入場料金】
一般1,800円/大学生・高校生1,500円(学生証をご提示下さい)/中学生(学生証提示)・小学生・幼児(3歳以上)1,000円/シニア(60歳以上)1,000円/障害者手帳をお持ちの方…1,000円(お付き添いの方1名様まで同料金)
※この他お得な割引・クーポンなどあり。(詳しくはHPまで)




吉祥寺バウスシアター

【期間】 1月31日まで

【上映時間】
10:30 / 12:40 / 14:50

【入場料金】
一般1,800円/学生1,500円/高校生以下・シニア・会員1,000円




角川シネマ有楽町

【期間】 1月25日~2月6日(アンコール上映)

【上映時間】
1月25日~1月30日:15:00
1月31日~2月6日:16:20

【入場料金】
一般1,800円/大学生・高校生1,500円/小学生・中学生・シニア(60歳以上)1,000円/幼児(3歳以上)900円



※東京以外の劇場情報に関しては、公式HPをご参照ください。





また、『ハンナ・アーレント』の大ヒットを記念して、ユーロスペースでは、幻のアイヒマン裁判実録ドキュメンタリーが限定公開されています。

『スペシャリスト―自覚なき殺戮者―』


監督:エイアル・シヴァン
出演:アドルフ・アイヒマン
1999年/フランス・ドイツ・ベルギー・オーストリア・イスラエル
128分/モノクロ


【上映期間】 1月11日~1月31日

【上映時間】
16:00~18:20

【入場料金】 1,200円均一

【あらすじ】
95年にイスラエルのフィルム保管所で発見されたナチス戦犯アイヒマン裁判の全行程を記録した350時間にも及ぶ未公開テープを、ハンナ・アーレントの著作「イェルサレムのアイヒマン 悪の陳腐さについての報告」を軸に編集したアイヒマン裁判の全貌。

『スペシャリスト―自覚なき殺戮者―』は法廷を舞台としたドラマであり、そこに描かれているのは法律と階層秩序にこの上もない敬意を払う熱心な官吏であり、また同時に数百万人の人々の抹殺に責任を負うSS幹部でもあり、且つ原題の犯罪者でもある一人の男の肖像である。

警察当局は被告を血に飢えた変質者、権謀術数にたけた嘘つき、そして連続殺人者として描写しているが、しかしこの男は物静かな家庭人のような容貌であり、その平凡さは滑稽であると共に恐ろしささえ感じさせる。この男は自分が加担した犯罪計画で自分の果たした役割を否定していないが、上司の指示、忠誠の制約あるいは命令遵守義務といった隠れ蓑の背後に隠れてしまう。この男は自分の役割が単に代行者でしかないこと、すなわち純粋に行政上・兵站上のものでしかなく、いかなる感情も持ち合わせていないということが人道的裁判から擁護されると考えている。もっともそれだからといってすべて免責になるというものではない。

被告アドルフ・アイヒマンは平均的な背丈の50代の男性、近眼で頭髪はほとんど禿げ上がっており、神経性の痙繁で悩んでいる。裁判の行われている間中、アイヒマンはガラス製のボックス席に座り、自分の回りにこぎれいに積み重ねられた書類に絶えずメモ書きをしたり、何度も読み返したりざっと目を通したりしている。国外移住のエキスパートであり「ユダヤ人問題」のスペシャリストであったアイヒマンは、1941年から1945年にかけて行われた「人種上の理由による国外追放者」をナチス強制収容所へ移送する責任者であって彼はこの仕事を驚くほどに官僚的な正確さで遂行する。法廷で、あるいは彼からあてがわれた義務と良心との間の葛藤をなんとかして表現しようとする。そしてその義務を怠ったという理由で誰も彼も告発することはできないと主張する。

自分自身の無力さに当惑したため、被告は自分自身を「大海の中の一滴、上級権力の手中にある道具」と表現する。もし私がやっていなかったら、誰か他の人間が代わりにやっていただろう、と述べている。犯罪の残忍な性質と被告の平凡さとの間のコントラストは極めて印象深いものであり、このドキュメンタリー作品を構成する13の場面が進むにつれてなお一層明らかなものとなる。なぜならそこに描かれているのは恐ろしく凡庸な人間の肖像だからである。




『ハンナ・アーレント』を見逃した方、それから『ハンナ・アーレント』は観たけれど、『スペシャリスト』は観ていないという方、さらにどちらも観たけれどもう一度!という方は是非この機会に、劇場に足を運んでみてはいかがでしょうか。





2013年12月20日金曜日

映画『ルートヴィヒ(Ludwig II)』




 明日12月21日(土)より、映画『ルートヴィヒ』が有楽町スバル座他、全国で順次ロードショーを開始します。日本でもノイシュヴァンシュタイン城や、その美貌と奇妙な運命でよく知られているルートヴィヒ2世の生涯を描いた作品です。

 作曲家リヒャルト・ワーグナー生誕200周年の最後を飾るこの作品は、20億円もの制作費を投入され、ノイシュヴァンシュタイン城など、ルートヴィヒゆかりの古城で撮影が 行われています。

あらすじ:
 19世紀半ば、ヨーロッパ一の美貌を謳われたバイエルンの王がいた。その名はルートヴィヒ2世。ドイツ連邦の統一をめぐって激しい主導権争いが繰り広げられるなか、戦争にも権力にも感心を持たず、ひたすら芸術に情熱を注いだ彼は、40年の短い生涯を通じてバイエルンを美の王国にするという見果てぬ夢を追い続けた。本作は、そのエキセントリックな人物像を解き明かす壮大な歴史ドラマ。高い美意識と強烈な個性ゆえ、死後125年以上たった今も多くの人々を魅了してやまないルートヴィヒの、知られざる孤独と狂気の正体に迫る話題作だ。
 1864年、父王の急逝により18歳で王座に就いたルートヴィヒ。それから22年におよぶ波乱の半生をたどるドラマは、楽劇王と呼ばれた大作曲家、リヒャルト・ワーグナーとルートヴィヒの愛憎劇を主軸に展開する。ルートヴィヒがワーグナーの音楽に魅せられたのは、15歳で歌劇『ローエングリン』を観たことがきっかけだった。以来、白鳥の騎士ローエングリンに憧れ、ワーグナーを崇拝するようになったルートヴィヒは、王になると同時にワーグナーを宮廷に招き入れ、多額の負債を肩代わりしてやる。プロイセンとの戦争が間近に迫った状況であるにもかかわらず、「ワーグナーを聴けば敵は武器を捨てる」と豪語し、国費をワーグナーに貢ぎ続けるルートヴィヒ。その言動に危機感を覚えた大臣たちは、ルートヴィヒにワーグナーの追放を迫るが、いっぽうのワーグナーも影響力を行使してルートヴィヒに大臣の罷免を迫る。両者の板挟みになり、倒れるほど苦しんだルートヴィヒは、大臣たちに押し切られる形でワーグナーを追放。その結果、いっそうの孤立と混乱を深めていく。
(公式HPより)

詳しくはこちら。

映画『ハンナ・アーレント』(Hannah Arendt)

映画:『ハンナ・アーレント』(原題Hannah Arendt)
制作年:2012年
制作国:ドイツ・ルクセンブルク・フランス合作
監督:マルガレーテ・フォン・トロッタ
上映時間:114分

あらすじ:
誰からも敬愛される高名な哲学者から一転、世界中から激しいバッシングを浴びた女性がいる。彼女の名はハンナ・アーレント、第2次世界大戦中にナチスの強制収容所から脱出し、アメリカへ亡命したドイツ系ユダヤ人。
1960年代初頭、何百万ものユダヤ人を収容所へ移送したナチス戦犯アドルフ・アイヒマンが、逃亡先で逮捕された。アーレントは、イスラエルで行われた歴史的裁判に立ち会い、ザ・ニューヨーカー誌にレポートを発表、その衝撃的な内容に世論は揺れる…。
「考えることで、人間は強くなる」という信念のもと、世間から激しい非難を浴びて思い悩みながらも、アイヒマンの<悪の凡庸さ>を主張し続けたアーレント。歴史にその名を刻み、波乱に満ちた人生を実話に基づいて映画化、半世紀を超えてアーレントが本当に伝えたかった<真実>が、今明かされる――。(公式サイトより)




公式サイト:http://www.cetera.co.jp/h_arendt/
※劇場情報は公式サイトをご覧ください。
ハンナ・アーレントについて:wikipedia
※ハンナ・アーレントに関する図書は獨協大学図書館にも所蔵しています。

2013年12月19日木曜日

[PROST!]ドイツとドイツ語圏を知ろう(5)

留学生インタビュー ~ドイツから見た日本~
日本とドイツのことについて、留学生にインタビューしました!

 今回インタビューに応じてくれたのは、ベルリン出身でハレ・ヴィッテンベルク大学から来た女の子です (本人の希望で名前は出していません)。彼女は半年間、獨協大学に留学していました。
 ちなみに、彼女が来たハレ・ヴィッテンベルク大学とは獨協との交換留学制度がありますよ!


◆ なぜ日本に来たのですか?

 日本学専攻で日本語を勉強していたからです。ペラペラには喋れなかったけど、きっと将来、日本語を使いたければ話せることが重要だと思ったから、日本に来ました。

Ich habe im Japanologiestudium Japanisch gelernt. Aber ich konnte gar nicht perapera sprechen. Aber wenn man Japanisch in der Zukunft nutzen will, ist es wichtig, Japanisch auch sprechen zu können. Deshalb bin ich nach Japan gekommen.


◆ 日本のことをどう思いますか? 想像と実際ではどのように違いましたか?

 とても驚いたのは、ドイツで日本について習ったことがほんとうに当たっていたことでした。例えば、「本音と建前」や集団思想、女性の社会的なルールや義務などです。日本人がほんとうにそうだとは思わなかったので、ショックを受けました。ドイツとはまるで違う習慣です。

Ich war sehr überrascht, das alles, was ich gelernt habe, wirklich stimmt. Also mit Honne und Tatemae, Gruppendenken, der Rolle der Frau und den sozialen Regeln und Pflichten. Ich konnte mir nicht vorstellen, dass es in Japan wirklich so ist, das hat mich schockiert. Das ist ganz anders als in Deutschland.

 日本人がドイツ人と、あるいはイギリス人や他の国の人と全く違う考え方をするということにも驚きまし た。私はそれまでドイツしか知らなかったので、だれもがドイツ人と同じようにものを考えると思っていましたが、文化によってそれぞれ違うということに驚かされました。 

Außerdem war ich überrascht, dass Japaner ganz anders denken als Deutsche. Aber auch Engländer und andere Länder. Weil ich immer nur Deutsche kannte, dachte ich, jeder auf dieser Welt denkt wie Deutsche, aber es ist jeweils unterschiedlich von Kultur zu Kultur.

 ドイツには、日本人はとてもシャイで魅力的で礼儀正しく、いつもにこにこしているというステレオタイプがあります。日本に住んだことのある今、もう日本人全員がシャイだとは思いません。シャイではない人もいますからね。日本人はドイツ人よりも興味深いと思います。今でも日本人はとても丁寧で礼儀正しいと 思います。でも知り合った何人かの日本人には、礼儀知らずやあまり礼儀正しいとはいえない人もいました。 日本人はほとんどいつもにこにこしているのは確かだけど、たまに悲しそうな顔をしている人もいます。いずれにしても、日本人はドイツ人よりもにこにこしているし、礼儀正しいと思います。

Zudem gibt es in Deutschland den Stereotyp, dass Japaner sehr schüchtern, attraktiv und höflich sind und immer lächeln. Jetzt wo ich in Japan war, finde ich nicht mehr, dass Japaner schüchtern sind. Es gibt schüchterne Japaner, aber auch nicht schüchterne. Ich finde Japaner immer noch sehr attraktiv und attraktiver als Deutsche. Höflich finde ich Japaner immer noch, aber ich habe auch ein paar kennengelernt, die wenig höflich oder nicht höflich sind. Dass Japaner immer lächeln, sehe ich immer noch so. Auch wenn
10manche auch traurig gucken. Dass Japaner immer lächeln, sehe ich immer noch so. Auch wenn manche auch traurig gucken. Auf jeden Fall lächeln Japaner mehr als Deutsche und sind höflicher.

 人に言われたことがあって、日本人はアイロニー(皮肉、ひねった表現)を分からないと思っていました。でも、日本人もアイロニーを理解するし、使いますよね。

 Ich dachte auch, Japaner verstehen keine Ironie, weil mir das so erzählt wurde. Aber Japaner verstehen Ironie und benutzen Ironie auch.

 ドイツ人はかなりストレートに物事を言うけど、日本人はあまり言いませんね。そこはちょっと嫌でした。 ドイツ人は „nein“ (英語の no)も、したいことも、みんなはっきり言いますから。例えば、日本人と遊びに行った時、いつも「楽しかった」とか「もう一度遊ぼう」とか言いますよね。ほんとうにそう思ったかどうかは関係なく。だからちょっと混乱しました。私を好いてくれているのか、それともそうではないのか、ほんとうにまた遊びたいと思ってくれていたのか、よく分かりませんでした。実のところ、日本人がほんとう は何を思っているのか、理解できないのではないかと感じました。でも全体として私は日本にいいイメージを持っていますし、ただ全く違う文化や考え方だということです。

Nicht so sehr mochte ich, dass Japaner nicht so direkt sind wie Deutsche. Deutsche sagen auch "nein" und was sie wollen. Japaner sagen immer "tanoshikatta" und "mou ichido asobou", egal ob sie das wirklich denken oder nicht. Das hat mich verwirrt. Ich wusste nicht, wer mich mag und wer nicht und ob sich die Person mit mir treffen will oder nicht. Ich habe das Gefühl, man weiß nie, was Japaner wirklich denken. Aber im Großen und Ganzen habe ich ein positives Bild von Japan, nur halt, dass unsere Kulturen und Denkweisen sehr anders sind.

 日本人はドイツとは全く文化が違うけど、みんなとても優しい人たちです。一番好きだったところは、日 本人がドイツ人よりもいつもにこにこしていて、笑ったり、面白い冗談を言ってくれたことです。日本人と一緒にいると、いつも良い気持ちで嬉しかったです。

Alles in allem finde ich, dass Japaner von der Kultur ganz anders sind als Deutsche, aber Japaner sind sehr nette Menschen. Ich mochte am liebsten, dass Japaner immer lächeln, lachen und Witze machen, viel mehr als Deutsche. Mit Japanern hatte ich immer gute Laune und war glücklich.


◆インタビューに答えてくれて、どうもありがとうございます!

[PROST!]ドイツとドイツ語圏を知ろう(4)

ドイツ、オーストリア、スイス以外のドイツ語圏


●ドイツ語が公用語となっている国

ドイツ語圏の国々というと、今まで紹介してきたドイツ、オーストリア、スイスの3か国を思い浮かべる方も多いと思いますが、これら3か国以外にもドイツ語を公用語とする国があります。

一つ目は、ルクセンブルク(独:Luxemburg)です。ルクセンブルクは、フランス・ベルギー・ドイツに囲まれた人口約50万人の小国です。フランス語、ルクセンブルク語と並び、ドイツ語が公用語として指定されています。ちなみに、このルクセンブルク語は、ドイツ語の一方言といってもいいほどよく似た言語です。

二つ目は、リヒテンシュタイン(独:Liechtenstein)です。リヒテンシュタインは、ルクセンブルクよりさらに小さく、人口は約3万人です。スイスとオーストリアに囲まれています。公用語はドイツ語のみですが、日常的にはドイツ語の方言であるアレマン語が使用されています。

最後は、ベルギー(独:Belgien)です。ベルギーは昔からフランス語とオランダ語話者間の対立が存在し、「言語戦争」とも言われていました。その結果、使用言語によって言語境界線が引かれ、「フランス語共同体」「フラマン語(オランダ語)共同体」「ドイツ語共同体」という3つの言語共同体に明確に分かれており、各言語がそれぞれの地域の公用語となっています。ドイツ語共同体は、ドイツ国境付近に位置しており、ベルギーの総人口の約1%(7万人以上)を占めています。


●ドイツ周辺でドイツ語が日常的に使用される地域

 ドイツ語が国の公用語となっていなくとも、地理的にドイツに近い地域では、ドイツ語が日常的に使われている場合があります。例えば、イタリアの南チロル(独:Südtirol)、フランスのアルザス=ロレーヌ(独:Elsass-Lothringen、アルザス地域圏とロレーヌ地域圏のモゼル県を含めた地域)が挙げられます。

南チロル

 まず、南チロルのあるボルツァーノ自治県(イタリア最北端)では、イタリア語、ドイツ語、ラディン語が県の公用語となっています。住民構成はドイツ系住民が多数を占めており、県民の総人口の約70%(30万人)がドイツ語を母語としています。つまり、この地域のイタリア語話者はむしろ少数派となっています。
次に、フランスのアルザス=ロレーヌでは、昔と比較すると減少傾向にはありますが、家庭ではドイツ語を話す人々がいます。この地域は元々神聖ローマ帝国の支配下にあり、ドイツ語圏に属していたためドイツ文化の影響が色濃く見られます。例えば、木骨造(独:Fachwerkhaus)の家屋が多かったり、シュークルート(ドイツでいうザウアークラウトSauerkraut)が名物だったりとドイツ的な要素が残っています。
この他にも、ハプスブルク帝国やプロイセン王国の支配下にあった中欧、東欧の国々の一部でもドイツ語を話す人々が存在します。


●ドイツの旧植民地であった国

ドイツも19世紀後半以降、他のヨーロッパ諸国と同様に植民地(例:ニューギニアの一部、カメルーン、ナミビア、トーゴ、サモアなど)を保有していました。しかし、第1次世界大戦に敗戦し、それらの植民地は英仏日などに分割されてしまったため、ドイツ語やドイツ文化の要素はあまり残っていないのが現状です。
その中で、ナミビア(独:Namibia)は、ドイツ語話者が比較的多く存在する地域です。ナミビアは、今でこそ公用語が英語、日常言語がアフリカーンス語となっていますが、1990年に独立するまではアフリカーンス語に並んで、ドイツ語が公用語として指定されていました。そのためか、街中でも英語、アフリカーンス語、ドイツ語の3言語で記載されている看板などを目にすることができますし、商業言語としてのドイツ語の地位も高いものであると言われています。また、料理に関しても、ドイツ風のパン、ソーセージ、じゃがいも料理などドイツの影響を感じることができます。


●ドイツ系移民の多く居住する地域

上で挙げた国々の他に、歴史的・地理的にドイツと強い関係がない国々でも、ドイツ系移民が多いなどの理由でドイツ語が話されている地域があります。例えば、アメリカのペンシルバニア州 (独:Pennsylvanien)や中央アジアのカザフスタン(独:Kasachstan)などが挙げられます。
ペンシルバニア州では、約25%の人々がドイツ系の祖先を持つとされています。こうしたドイツに起源を持つ住民は、フィラデルフィア以外の地域に居住しています。この地域で話されるドイツ語は、ペンシルバニアドイツ語、あるいはペンシルバニアダッチ(注:この「ダッチ」はオランダではなくドイツを指します)とも言われます。このペンシルバニアドイツ語は、様々なドイツ語方言が混ざっていますが、プファルツ地方で話されるドイツ語に似ていると言われています。また、ドイツ語はvの文字を[f]、wを[v]と発音するため、この地域の人々は例えば「wonderful violin」を「ヴァンダフル・フィオリン」と発音してしまう、などと言われたりもします(しかし、実際には訛りは非常に小さく、このようなイメージは観光のために誇張されたものでもあります)。
また、ロシア帝国時代にロシアへ移住したヴォルガ・ドイツ人と呼ばれる人々がいます。彼らは、ロシア革命直後に、ヴォルガ川沿いにヴォルガ・ドイツ人自治ソヴィエト社会主義連邦という自治共和国を建国します。しかし、1941年にスターリン政権に倒され、中央アジアへと追放されてしまいます。そのため、現在でもカザフスタンには比較的多くのドイツ系住民が存在しています。
その他には、南米のブラジル、アルゼンチン、アフリカのパラグアイなどにもドイツ系移民のコミュニティが存在しています。

英語やフランス語などの言語と比較すると、ドイツ語の通用地域は限られたものに感じるかもしれません。しかし、例えばEU域内では、最大の母語話者数を有する言語でもあり、最も重要とされる言語の一つでもあります(英語は第2言語話者も含めれば最大の言語となりますが、母語話者は多くありません)。さらに、インターネット使用人口約3%がドイツ語母語話者であり、英語、中国語、スペイン語、日本語、ポルトガル語につぐ第6の言語でもあります。また、全ウェブサイト中6%はドイツ語で書かれたものであり、これは英語についで第2位となります。ドイツ語が通用する地域ではないかもしれませんが、バカンス(独:Urlaub、ウアラオプ)好きなドイツ人は数週間のバカンスに出かけることも多いです(例えばスペインのマジョルカ島は人気の観光地です)。
このように、ドイツ語を勉強しておけば、意外なところ、思ってもみなかったところにドイツ人やドイツ文化との出会いが潜んでいるかもしれません。