2015年12月18日金曜日

„Monster in Berlin“

„Monster in Berlin“
作者:ヨアヒム・トラップ(Joachim Trapp
言語:ドイツ語、フランス語、英語、オランダ語、日本語。
出版社:Verlag Hans Schiler

 本を好むといっても、手当り次第というわけではありません。理数系の専門書は定年後にゆっくり読むつもりですし、絵本はもし自分が家庭をもつことになったら、という具合で現在手にとるのはもっぱら歴史に関するものか、ドイツ語もしくは言語学習に類するものです。しかしフト絵本ということで考えてみると、ドイツの絵本というのはどんなものだろう、と新たな興味が湧いてきます。そこで今回は、Monster in Berlinを紹介しましょう。絵本といっても、この中ではモンスターの絵とベルリンの写真が合成されていて、案内書のようなおもむきもあります。またドイツ、あるいは海外のKinderbuchに特有なものを見出すことはできるのでしょうか?翻訳の体験談も含めて、日本語の部分を訳された、学部4年生の宇津木 璃音さんに聞いてみましょう。

宇津木さんはこれまで、市の姉妹交流の際に、通訳や個人的な依頼による翻訳活動をしてきました。高校のときにドイツへ留学、その当時のホストファーザーは小さな出版社を経営しており、それが縁となって今回のお話をいただけたということです。その人が宇津木さんを絵本作家のTrappさんに紹介したことによって、Monster in Berlin (日本語訳・宇津木 璃音)という事実は小説よりも奇なり、と表現したくなるような展開になりました(今回紹介するのは絵本ですが)。
(以下、「 」部分はすべて宇津木さん)
 「Trappさんは、この本を通じてより多くの子供たちがベルリンという町に興味を抱くことを期待しているそうです。この絵本は、子供たちが年をとっても覚えているような物語を伝えているわけではなく、どちらかというと子供のための観光ガイドブックのような役割を果たすと考えています。興味のきっかけというか、ベルリンへの入り口のような感じです」
 「今回Trappさんとお仕事をしていて、非常に面白い発見がありました。これは、ドイツの絵本特有なものであるのか、わかりませんが、子供には少し難解だと思われるユーモアも文章に含まれていました。初めにこの絵本の原文を読んだ際、これだと子供には伝わらないのではないか、と何度か作者と議論をしました。最終的に、日本語にするにあたって、いろいろな候補の文章とそのニュアンスを伝え、話し合いの結果、日本語ではそういった部分は取り除くという選択もしました。しかし、基本的にTrappさんは、子供たちに少し考えて、面白い!と感じる瞬間に意味があるのだと考えており、そのために彼流のユーモアが文章には隠れています。こうした子供のもつ力を信じる姿勢は、ドイツらしいという印象を受けましたし、個人的にとても好きです。Trappさんのそんなメッセージに気づいて頂くためにも、大人の方には私が訳した日本語ではなく、むしろドイツ語を頑張って勉強していただいて、一緒に載っている原文に注目して頂きたいです」
 「今回の翻訳については、今までにやらせて頂いた国際交流の場の通訳等とは違い、かたちとして残るものなので、私にとってとても印象深いものになりました。また、かたちに残るものに関わらせて頂いたということよりも、むしろ普段あまり見返すことや、多くの人のレビューを頂くようなことはないので、反省点や改善点といった今後の課題をきちんとつかむことが出来る機会を頂いたという意味で、とても特別な経験だと思っています」

 原文のユーモアに注目して、理解しようと努める、なかなか魅力的な作業です。ドイツ語学科のみならず、第二外国語としてドイツ語を勉強している人も、一度手にとってみてはいかがでしょうか。インターネットで購入可能です。
 語学系のゼミに所属しているせいか、ユーモアという言葉に反応してしまいます。おそらくそうした経験をした人も多いと思いますが、ただなんとはなしに、感情を交えずに語学を勉強していると、右から左に流れていってしまうものです。しかしこれならどうでしょうか。ドイツ語学習に疲れてしまった、そんなときにも是非試してみてください。
ユーモアからはなれて教育の話に移りますが(また子どもの言語学習といった話になりますが)、読み聞かせをすると語彙力と自己肯定感が育まれるといいます。実際に、Bilderbücher vorlesen Pädagoge“ などで検索してみると、vorlesenによってSprachgefühlSelbstwertgefühlが涵養されるといった情報が得られます。そして私と同じゼミの学生にはおなじみの„Wortschatz zu erweitern“。
 語学はともかく、内容は絵本と直接関わりのある人にも勧めたくなるものになっていると思います。
 「実は私にとって、ベルリンという町は自分の人生の分岐点となった場所で、特別な場所です。この絵本では、そんなベルリンをモンスターたちが旅するのですが、皆さんにとってもきっとそういった特別な場所があると思います。旅をする時というのは、新しい人やモノとの沢山の出会いを経験して、ドキドキ、ワクワクしますよね。あらゆる経験を通じて、知らなかった自分の感情にも出会うものです。この絵本が、そうした出会いの一つとなりますように!そして絵本に留まらず、是非一度ベルリンにも足を運んで見て下さい。欲を言えば、この絵本がそのきっかけとなるのが、私の理想です(笑)」

 そして国技と言ってもいいのでしょう、やはりFußballに関するページもいくつかあります。このあたり、いかにもドイツらしいなと思ってしまいました。
 「サッカーに情熱を注ぐ人が多いのは、確かにドイツの特徴の一つだと思います。そして実は私は、サッカーにとても疎いです!サッカーを熱く語れるようになるのも、今後の課題です(笑)」

 宇津木さんご自身もユーモアのある人のようです。それはともかく、やはり努力やドイツへの思い入れがあったからこそ、今回のような仕事に結び付いたのだと思います。こうした経験をできるのは、なるほど少数の人にとどまることでしょう。しかし諺にもあるように、継続は力なり、チャンスはそのような中でやってくることもあるのです。
 「今後も機会があれば、積極的にこうした依頼は引き受けたいと思っています。ただ、私の中で自分自身の能力に満足でない点や未熟さを感じるところが多々あるので、胸を張って「やらせて下さい」と言える自信をまずはつけることが当面の目標ですね」

Yuki Watanabe


http://monsterinberlin.deMonster in Berlinホームページ)
宇津木 璃音さん(ドイツ語学科4年生)

2015年12月9日水曜日

ドイツのサッカースタジアム紹介

Millerntor-Stadion(FC St.Pauli)


ドイツ北部・ハンブルクを本拠地とするザンクトパウリはツヴァイテリーガと呼ばれるドイツの2部リーグに所属しています。ハンブルクのなかでも、レーパーバーンというドイツ最大の歓楽街の近くに位置していたり、チームのロゴには髑髏マークを使用していたりと、熱狂的で少々過激な一面で有名です。怪我のため出場機会には恵まれていませんが、日本人の宮市亮選手も所属しています。

今回は2015年9月8日に行われたザンクトパウリ対ドルトムントの親善試合の写真と共にスタジアムを紹介したいと思います。


・アクセス
ハンブルクHbf(中央駅)からの行き方の一例です。
 ① ハンブルクHbfから徒歩3分のハンブルクHbf Süd まで歩く。
 ② 地下鉄U3(Barmbek行き)に乗りFeldstraßeで下車(7駅10分程度)
 ③ 徒歩で数分歩く。
※公式ページにはFeldstraßeからのアクセスの例が書かれていましたがアウェイ側のチケットを取った方以外は一つ前のSt.Pauli駅で下車する方がいいと思います。



・チケットの取り方
今回紹介する試合は親善試合であったためか分かりませんが、インターネットでのチケット購入が可能でした。公式サイトトップから「KARTEN」を選択し、「SPIELE IM VERKAUF」をクリックすると販売を開始しているチケットの一覧が出ます。
http://www.fcstpauli.com/karten/spiele_im_verkauf
ここから行きたい試合の「ONLINE BESTELLEN」を選択し、必要事項と支払方法などを入力していくと購入が完了します。海外在住者(ドイツ外)で発送が難しい場合は手続きが終わるとメールが送られてくるので、そこに添付されている領収書と顔写真付き身分証明書をチケットカウンターに持っていくことでチケットと交換してくれるらしいです。が、私の場合チケットカウンターに持って行っても領収書がチケットだと言われ、領収書で入場しました。。。入場の際何度も座席案内の人にチケットをチェックされ、そのたびに怪しまれますが説明すると普通に入れてくれます。旅行者であるという雰囲気を前面に出して支払ったとだけ証明できればどうにかなるので気合で押し切ることをお勧めます。
 尚、インターネット上で行きたい試合の欄に×印が並んでいてオンライン購入ができなくても「Kartencenter」の隣にチェックがついていれば直接チケットセンターで買えることがあるようなのでそちらもチェックしてみるといいと思います。


・スタジアム

外装などは現代風のアートのようなデザインが目立ちます。


収容人数は29546人。


移民が多く流入してきた時期だったのでこの試合にも多くの移民を招待し、試合終了後にはそれを歓迎する横断幕を掲げていました。

スタジアムに隣接するファンショップの一画。グッズはどれもおしゃれでかっこいいです。スタジアムの隣以外にもS-BahnのReeperbahn駅から徒歩5分ほどの位置にファンショップがあるので、レーパーバーンの観光がてらに寄ると良いお土産になるのではないでしょうか。

FC Sankt Pauli公式サイト:http://www.fcstpauli.com/home/news

2015年12月8日火曜日

日本で味わえる!? クリスマスマーケット特集

アドヴェントが始まり、ドイツではクリスマスマーケットが各地で開催されています。
そんなドイツのクリスマスマーケットが、今年からは日本でも体験できるようになります!
クリスマスマーケットというとグリューヴァインなどの入れるご当地カップを連想しますが、なんと東京クリスマスマーケットでもご当地マグカップがあるそうです!そのほか、グーラシュやカルトッフェルズッペなどドイツ料理もあるようです。
アドヴェントの時期はまだまだ授業がありドイツまで行くのは難しいかもしれませんが、クリスマスマーケットの雰囲気を味わいたい人はぜひ訪れてみてください!


東京クリスマスマーケット2015
 期間:2015年12月11日(金)~12月25日(金)12:00-22:00
 場所:日比谷公園 噴水広場

公式サイト:https://tokyochristmas.net/


その他にも、たとえば以下のような場所でもヨーロッパ風のクリスマスマーケットが開催されています。なんだか年々、増えている気がしますね。

六本木ヒルズ アーテリジェントクリスマス(六本木)
http://www.roppongihills.com/christmas/2015/




東京ソラマチ ドリームクリスマス(ソラマチ)
http://www.tokyo-solamachi.jp/new/event/446/

2015年12月2日水曜日

ポスター展「ドイツ統一への道」が開催されました

10月27日(火)から11月10日(火)、ドイツ語学科では、ドイツ統一25周年を記念し、ポスター展「ドイツ統一への道」を天野記念館1階フロアにて開催しました。ドイツおよび欧州の過去半世紀の流れを写真とテキストで解説した展示には、多くの教職員や学生が見入っていました。またポスター展に合わせ10月28日には上田浩二特任教授によるドイツ統一をテーマとする講演も行われました。


「 怒りのロック: Die Krupps 」

みなさんの中には、ドイツの音楽バンドというとLamsteinKraftwerkを知っている方も多いと思います。
こうしたバンドの先駆者ともいえるDie Kruppsというバンドのライブ+トークイベントが、東京ドイツ文化センターにて開催されます。
事前登録が必要ですが、参加費は無料となっていますので、ドイツの音楽に興味のある学生はぜひ参加してみてください。


ライブ「 怒りのロック: Die Krupps 」

日時:2015年12月9日(水)19:00〜
場所:ドイツ文化会館ホール
※要事前登録

申し込み方法などの詳細は下記のリンクをご覧ください。
東京ドイツ文化センター催し物カレンダー:




関連リンク
Die Krupps公式サイト:http://www.die-krupps.de

「ドイツの教育を考える:歴史・政治教育の視点から」

ドイツ語学科学生記者主催によるトークイベント「ドイツの教育を考える:歴史・政治教育の視点から」が下記の要領で開催されます。
ドイツの労使関係をご専門とされる大重先生、ドイツの歴史教育をご専門とされる黒田先生をお招きし、ドイツの教育について日独比較をとおして考えていきます。
テーマはたとえば…

  ● アジアの民主主義に未来はある?
  ● ドイツの政治・歴史教育の特徴は?
  ● 歴史の濫用を防ぐには?


学生記者から質問をし、黒田先生と大重先生にお答えいただく形でセッションは進行していきますが、参加者の方からの質問も可能です。一緒に「ドイツの教育」について考えてみませんか?ドイツ語学科以外の他学科・他学部の学生の参加も大歓迎ですので、ぜひお越しください!
対談の様子や内容は、後日ブログにて紹介予定です。


黒田先生×大重先生によるトークセッション
ドイツの教育を考える ―歴史・政治教育の視点からー

日時:2015年12月8日(火)16:30開場、17:00開始(1時間予定)
場所:A-407

登壇者のご紹介:
黒田 多美子先生(ドイツ語学科教授)
 専門:ドイツ近現代史、日独歴史認識の比較、歴史教育
 >>大学HPへ

大重 光太郎先生(ドイツ語学科教授)
 専門:労働社会学、産業社会学、ドイツ労使関係、日独比較

2015年11月24日火曜日

留学生との交流パーティー

獨協大学のキャンパスを歩いていると、留学生とすれ違うことがよくあると思います。

「獨協の『ド』はドイツの『ド』」に表されるように、獨協大学は、ドイツ語圏との学生交流・学術交流が日本で最も盛んな大学のひとつです。交換協定を交わしている大学数は10校にのぼり、毎年、本学学生の多くがドイツ、オーストリア、そしてスイスの協定校・認定校へ留学をし、また、多くのドイツ語圏からの留学生たちが獨協で勉強やインターンをしています。

先日、そんなドイツ語圏の大学から勉強に来ている留学生とドイツ語学科の日本人学生との懇親会が、本学ドイツ語学科2年の有志により主催されました。今回は、そんな「留学生との懇親会」の主催者のみなさんにお話しをうかがいました。

(ドイツ語学科2年の有志の皆さん)

川原(以下、川):この会はどのような会ですか?
主催者の学生(以下、学):これまで、ドイツ語学科の学生とドイツ語圏からの留学生とが知り合う機会がそれほどなかったので、一度、みんなで触れ合えることができるような会になればと思い、企画しました。

川:参加人数はどれくらいですか?
学:ドイツ語圏からの留学生は14名来ました。日本人学生は入れ替わり立ち代わりでしたが、常時50名程度はいたと思います。

(懇親会での様子)

川:懇親会ではどのようなことが催されましたか?
学:「なにか日本らしいことをしよう」と(有志の)みんなで相談をして、書道や折り紙などをやりました。あとはお菓子などを食べながら楽しくじっくりしゃべることが中心でしたね。最初は盛り上がるか不安でしたが、楽しくできてよかったです。

(留学生と折り紙や習字を楽しんでいる様子)

川:会を開いてみてどうでしたか?
学:ドイツ語圏からの多くの留学生と知り合えたことがよかったです。プライベートでのつながりもできました。国際交流という、日本の学生とドイツ語圏の国の学生との懸け橋となるような良い会だったと思います。

川:また、この様な懇親会などを開く予定はありますか?
学:またやりたいと思います。今回の参加者は1~2年生が主でしたが、次は全体が参加できるような会を開きたいです。

川:ありがとうございました。


ちなみに、これから留学しよう!と思っている学生、学内での国際交流イベントを探している学生に向けた情報が、「国際交流センター」のホームページ上で随時更新されています。

獨協大学・国際交流センター

獨協には、毎年たくさんの留学生が来ているので、キャンパス内でも、友達を作る機会は見逃さないようにしましょう。申し込みが必要な定員制イベントは、人気があり、比較的早く埋まってしまうので、頻繁にチェックしておきましょう!!

記者:川原宏友(大学院博士前期課程2年)

2015年11月11日水曜日

歴史で学ぶドイツ語・第4回「歴史に埋もれてほしくない言語」

 Internetseite, googlen, einloggen, facebooken oder twittern…今やコンピューター用語で英語由来のものを見かけない日はないと言っていいくらいの勢いです。ドイツ統一(1871年の統一です)あたりでしたでしょうか、押し寄せる外来語に対して言語浄化運動が政治的に利用されたことがありましたが、現在Anglizismenを避けているのは少数派なのでしょう。では少数民族の言語は、今や顧みる必要のない段階に来ているのでしょうか?100、200年後には日本語が消滅しつつある言語になっていると仮定して、さて現在消えつつある言語のことを考えると、なにか文化の貧困のようなものを感じます。
 Die Welt in Weiß und Schwarz? Nein, danke.

 とはいえ、世界共通語としての英語を否定しているわけではありません。明日アルメニアに行けと言われたら、やはり英語に頼ることになるでしょうし、戦地を取材するジャーナリストにとっても、グローバルな言語を話せる通訳の存在は貴重でありましょう。そしてビジネスの世界において欠かせないツールであることは言を俟ちません。言うは易し、かもしれませんが、問題に対する答えはシンプルなものです。つまり、共生していけばいいのです。今回はそこで、ドイツにおける少数言語、ソルブ語をとりあげてみましょう。

 『事典 世界のことば141』によれば、ザクセン州のほうでは上ソルブ語(Obersorbisch、話者数は約15000-20000人)、ブランデンブルク州のあたりでは下ソルブ語(Niedersorbisch、話者数は5000人以下)が使用されています。但しあとで触れるソルブ語の教材では、前者が約40000人、後者がおよそ15000人とされています(教材の奥付では2012年出版となっており、事典が出てから3年経過しています)。使用されているといっても、皆ドイツ語とのバイリンガルです。こうした状況を見ると、アイヌ語と日本語の共生は危機的と言わなければならないのかもしれません。アイヌ語で思い出しましたが、北海道の地名でラ行が冒頭に来るものはアイヌ語に由来している、となにかの本で読んだかラジオで耳にしたことがあります。実はドイツにも同じようなケースが見てとれます。„Obersorbisch im Selbststudium“(von Jana Šołćina, Edward Wornar. Bautzen, Domowina-Verlag, 2012)のEinleitung(S.8)からそのあたりを引用してみましょう。

„Im frühen Mittelalter reichte das slawische Siedlungsgebiet bis zur Ostsee im Norden und bis zum Main im Süden. Belege für die ehemals slawische Besiedlung sind z.B. Ortsnamen wie Rostock(slawisch roz−tok− ‚Auseinanderfließen‛)oder Leipzig(slawisch lipsk−‚ abgeleitet von lipa ‚die Linde‛). 

 しかしソルブ語は殊に第二次世界大戦後、die Lausitzの工業化、集団農場(コルホーズ?)、非ソルブ人の移住などによって一時は衰退の憂き目を見ました。その一方で、DDRの時代にはソルブ語によるラジオ番組も放送されていました。Obersorbisch、Niedersorbischどちらの放送なのかは分りませんが、bpb(連邦政治教育センター)にある„Regionales Hörfunkprogramm der DDR: Erziehung zum DDR-Staatsbewusstsein“という記事に詳しく書かれています(Regionale Sprachtraditionen: Sprache als Element zur Identifikationから下)。ただしこれは、SEDの反ファシズム神話形成に役立ったため、という政治的意図も背後にあったようです。ソルブ語はナチスの時代に抑圧されていました。
 現在はどうでしょうか。現在は純粋にソルブ語保護のため、やはり当の言語による放送があります。またrbb(ベルリン・ブランデンブルク放送)はSorbisches Programmという枠を設けており、少数言語・地方言語保護の精神が見てとれます。ソルブ語とドイツ語を併記しているFacebookのページなどもあり、これなどは学習者にとっても、ソルブ人とその文化を知りたい人にとってもうってつけではないでしょうか。その他Language Diversityという非営利団体は少数言語・地方言語保護に積極的で、将来は必ずしもWeiß und Schwarzではないようです。

 「実用性がない」という理由でそれらの言語を避けたくなる気持ちも分らないではありません。外国語学習には時間と労力がいりますし、上ソルブ語などはロシア語に似て(同じスラブ語派なので当然ですが)格変化も複雑です。しかし学ぶ時間はなくても、言語を消滅の危機から救う活動はできます。

 まずは関心を持つことから始めてみませんか?

 na zasowidźenje!/Auf Wiedersehen!

(上ソルブ語はチェコ語に近いそうですが、とりあえずロシア語ではДо свиданияです。なんとなく似てますね)

Yuki Watanabe

http://www.bpb.de/(連邦政治教育センター)
http://www.rbb-online.de/radio/sorbisches_programm/sorbisches_programm.html(ベルリン・ブランデンブルク放送内のソルブ語番組)
http://www.serbja.de/index.html(ソルブ語に関する情報など)
https://www.facebook.com/MDRSerbja(Obersorbisch/Deutsch)
http://language-diversity.eu/(Language Diversity。9か国語対応)
http://www.frpac.or.jp/((公財)アイヌ文化振興・研究推進機構)

Being Faust



悪魔メフィストがささやく
「ファウスト博士、おまえはなにを選ぶ? 富と名声か、
それとも愛と自由か?」

BEING FAUST ― ENTER MEPHIST

Being Faust – Enter Mephisto は、ゲーテの『ファウスト』を題材に開発された、オンラインやSNSの要素も交えた参加型の遊戯体験。

ある決まった場所と決まった時間に集合した人々が、それぞれ若きファウストの役になりきって参加する。スマートフォンを片手に、参加者はメフィストが甘い言葉で語るバーチャルな「価値」や「理想」=引用文を購入してゆく。ログインによって、ファウストとメフィストの契約が成立、誘惑のゲームの始まりだ。参加者はいったいどこまでリスクを冒すつもりだろうか。成功や美は「購入」することができるのだろうか?平凡だけれども穏やかな日常に戻る道があるのか、それとも真実の愛と友情を手にすることができるのだろうか?

ファウストとメフィストがもし、このデジタル社会で出会っていたならどうなるのか? ゲーテ・インスティトゥート韓国とゲーム開発会社のNOLGONGが共同で開発したこの新しいプロジェクトの出発点となったのが、この質問だ。だが普遍的な問いかけはつねに変わらない。「人生において大切なものとは何か。自分の価値基準とはどのようにして決まるのか。成功の代償として何を支払うのだろうか?」

この作品は、ニコラス・シュテーマン演出の『ファウスト』でドラマトゥルクを務めたベンヤミン・フォン・ブロムベルクが、『ファウスト』を現代のデジタル社会に置き換えて解釈して作ったもの。2013年に開発が始まり、2014年秋には韓国のソウル図書館で発表された。

このゲームのヴァーチャルかつフィジカルな要素が、自分自身と周囲のデジタル世界の関わり方について思いをめぐらし、他の参加者との交流を通じて自らを発見し、ひいては『ファウスト』の原作を手に取るきっかけとなるだろう。このゲームは年齢性別問わず誰でも気軽に参加できるもので、『ファウスト』の知識がある人はもちろん、本を読んだことがなくても舞台を見たことがなくても、十分に楽しむことができる。

企画・制作 ゲーテ・インスティトゥート韓国×NOLGONG

ゲーテ・インスティトゥート催し物カレンダーより)


スケジュール:
11月19日(木)17:00~
11月20日(金)17:00~
11月21日(土)12:00~/16:00~
11月22日(日)12:00~/16:00~
※上映時間は1時間30分ほどです。

場所:
東京芸術劇場 シアターイースト



チケット購入:
チケットの購入に関しては下記のサイトをご覧ください。

東京芸術劇場:http://www.geigeki.jp/performance/theater106/106-1/
Being Faust公式サイト:http://www.goethe.de/ins/kr/seo/prj/fau/jaindex.htm

2015年11月4日水曜日

オーストリアから広がる日本文化-Wegbereiterin von Katzen-Café in Österreich-


オーストリアから広がる日本文化
-Wegbereiterin von Katzen-Café in Österreich-
石光貴子さん

 ソフトパワーという概念を改めて感じさせられるときがあります。先日もZDFの„Zickenalarm!!“という番組を観ていたら、14歳の少女がコスプレをしてゲームショウ(もちろんドイツの話です)に行き、そしてMangaを買うというシーンがありました。続いて日本語教室で言語を学ぶという場面・・・。またMacmillan English Dictionaryでは「盆栽」がイラストつきで説明されています。海外では俳句と同様、愛好家も多いとか。無形のものとしては、阿波踊りが「誰でも受け入れる寛容の精神」を象徴するものだとして、あるフランス人が本国で実施したというエピソードもあります。すべての日本文化が手放しで歓迎されるわけではありませんが、やはり文化という言葉には交流の二文字が似合います。
 今回はそんな日本発祥の文化、「猫カフェ」をオーストリアのみならず、ヨーロッパ、アメリカ、カナダにまで広めてしまった„Café Neko“店主、石光貴子さんに話を伺いました。

渡辺:„ Café Neko“はどのような店で、石光さんは具体的にはどのようなことを担当されるのでしょうか。

石光:ごく普通のカフェに猫が5匹歩き回っているという店です。私はオーナーで、清掃、調理、皿洗い、税務署への申告などすべて自分で毎日働いて、お手伝いとして6名パートタイマーをお願いしていますが、彼女たちは主にサービスを担当しています。

渡辺:なぜオーストリアに、引いてはウィーンに開店しようと思ったのでしょうか。

石光:オーストリア在住25年以上です。オーストリア人と結婚して2児をもうけたのですが、子供たちが2・5歳の時に夫が急死。当時専業主婦だった私は途方にくれましたが、オーストリアの福祉制度のおかげで生き延びることができました。子供たちが大きくなって(大学生、下も大学入学資格を取れました)、ずっと、オーストリアに何か恩返しをしなければと考えていましたので、職業コンサルタントに相談して、知られていない日本の文化をご紹介することなら私にもできるし、オーストリアの文化と経済のためになる、という観点から、最初の一歩として猫カフェをプロデュースすることにしました。次はクラゲの水槽をおいたバーです。日本酒も出します。工事始めました。 

渡辺:開店はオーストリア初の試みということで、やはり日本とオーストリアでは文化も法律も異なり、色々開店にこぎつけるまで苦労があったと思います。そのあたりのお話をお聞かせください。

石光:まずカフェ業者組合に行って、私の計画している店はカフェの範疇に入るのかどうか確認。市役所の無料起業相談日にアイデアをプレゼンテーション。それから4年かけて各担当課とこまごました交渉。前例がないので、時間がかかりました。私は動物飼育者の資格を取得するため学校にも通いました。

渡辺:お客さんの反応はいかがでしょうか。„Alles über Katzen“というサイトがあり、またドイツ語の辞書を出版しているLangenscheidtも„Langenscheidt Katze-Deutsch/Deutsch-Katze: Wie sag ich's meiner Katze?“という本を出しています。どちらもドイツで、オーストリアとはちがいますが、やはり猫好きな人間というのは世界中どこにでもいると思います。

石光:反響はすごかったです。開店が2012年5月でしたが、BBCでもすぐ放映されたそうです。その夏にはチリ、インド、ロシア、オーストラリア、USA、その他の国から「自宅で新聞(あるいは雑誌・ラジオ・TV)で知って、すぐ見に来た」という人が押し寄せ、てんてこ舞いでした。カナダの役所からコンタクトもあり、カナダでも猫カフェを営業できるように法律を変更したいのでオブザーバーとしてプロジェクトに参加してほしい(こちらはウィーンの役所担当官達の連絡先を渡しておきました)という話もあり。2012年にはもうミュンヒェンにも猫カフェがオープン、今ではロンドン、パリ、ブダペスト、ケルン、ベルリン、ニース、NY、スペイン、雨後の竹の子状態で開店しています。ポルトガルからは、法律をつくらなければならないから、ヨーロッパ各国の関連法を調べています。協力してください、という連絡がきましたし、いろいろな国の、猫カフェ起業を計画している人たちからアドバイスを求める連絡がありました。今ではいくつかのガイドブックにも掲載されています。

渡辺:視点を広げて、ウィーンないしはオーストリア全体の反応という点ではいかがでしょうか。

石光:開店前は賛否両論で、ものすごい騒ぎになり(感情的になってもう泥かけ試合という感じ)、市長に抗議のメールを出した人もいましたし、私にもいくつか脅迫メールなど、来ていましたが、開店してしばらくたったら、別に悪いものではないということをわかってもらえた様子で、今ではポジティブな意見しかききませんねー。あれは面白かった!

渡辺:私は子供の頃に猫を飼っていて、今もどちらかといえば猫派(犬派に対しては)です。石光さんの猫に対する愛着は、どこに端を発しているのでしょうか。

石光:動物はなんでも好きです。犬、小鳥、うさぎ、亀、金魚、ハリネズミ、猫を飼ったことがあります。カフェで働く動物に猫が一番適しているというだけです。いやなことがあってもエレガントにいやだと言える(乱暴なお客がいたら手の届かないような高いところに登ったり、他の部屋に行ってしまえばOK。ひっかいたりかみついたりしても犬のように大した傷にならない)ところを重要視しています。



渡辺:„ Café Neko“ではどのような種類の猫がお客さんを迎えてくれるのですか?

石光:ウィーン動物協会に当時いた猫700匹から、完全室内飼いと不特定多数の人間に対してストレスを感じない猫を厳選してもらいました。雑種3匹とメインクーン2匹です。


渡辺:海外で働くことについて、利点、不便に思うことなど意見をお聞かせください。

石光:私はウィーンと日本しか知らないわけですが、両方のことを知っていることを武器に、また、「両国をつなぎ、相互理解を深めることのお手伝い」、これが私の役目だと思って仕事を選んできました。最初はJTB、その後政府代表部で、オーストリアにいる日本人をヘルプしてきましたが、今回はオーストリア人にもっと日本のことをしってほしい、とサイトを変えたところです。不便に思うことは強みに転換すればいいだけです。

渡辺:獨協ではオーストリアに留学する学生もおり、また卒業後にウィーンの大学に入学した人もいます。そうした学生たちにメッセージをお願いします。

石光:私は高校の生物の授業で、遺伝子の話をきいたとき、先生がミックスしたほうがミュータントが発生する率が高く、新しい環境に順応しやすいとおっしゃたことで、考えさせられました。情報や運送の技術の進歩に伴って、世界は狭くなっていきますよね。何百年か何千年後には地球外生物とのコンタクトもあるでしょう。そんな日本とかオーストリアとかではなくて、地球、その他の惑星、というスケールが常識になる時代が必ず来ます。私はその時のために、準備として、最低2人ハイブリッドの子供を生もう、とその時決心したのです。日本人と他の国のハイブリッドを(主に写真を見た程度ですが)どんな様子か調べて、私にはゲルマン・日本の混血が一番よさそうに思えたので、オーストリア人と結婚しました。・・・というのは半分うそです。その話はすぐ忘れていたのですが、偶然オーストリア人と結婚してしまって、子供が2人生まれて、ずいぶんあとになって高校時代の決心を思い出しました。無意識に残っていたのだと思いますが。

ということでみなさんもグローバルな意識をお持ちになって頑張ってくださいね。ウィーンで困ったことがあったら気軽に相談してください。

以上でございます。

渡辺:ありがとうございました。


(Interviewer:渡辺友樹 ドイツ語学科3年)

Café Neko: http://www.cafeneko.at/
Facebook: https://www.facebook.com/Caf%C3%A9-Neko-451277494889818/

2015年10月30日金曜日

ドイツフェスティバル2015


今年もドイツ大使館主催のドイツフェスティバルが開催されます。
ドイツ関連商品や各種ドイツ団体のブース、ステージでのパフォーマンスやドイツ料理などが楽しめます。
ぜひ足を運んでみてください!

期間:2015年10月30日(金)~11月3日(火) 11:00~21:00
場所:都立青山公園



公式サイト:http://www.deutschlandfest.com/

2015年10月21日水曜日

歴史で学ぶドイツ語・第3回「戦後を読む・聴く・回顧する」

戦後を読む・聴く・回顧する

 右と言えば左というのではありませんが、本などもどちらかといえば古本を好むほうで、神保町を昼食を食べ忘れたまま見て回ったこともあります(実話)。大学の図書館でも、経年劣化した岩波文庫の肌触りが心地よいものです(って書いても理解してくれそうな人はいなさそうですが・・・)。まあ暇のある時に色々専門分野とは関係ないコーナーを見て回るのも一興ですよ。
 さて今回はそんな古い本からドイツ語を学んでみましょう。Diese Bücher werden womöglich nicht „Makulatur!“


 „Stimmen der Zeit“に興味を持たれた方におすすめしたいのが『ドイツ現代史を演説で読む』です。背表紙に「テープ」(「カセット」だったかもしれません。ちなみに写真は個人所有のものです)のラベルが貼ってあり、以前韓国語をわざわざカセットテープ付きの古本で独学したのを思い出しました。あの独特のイントネーションは、と、話があさっての方向にそれていきそうなので軌道修正します。本を開いてまず目を引くのが、46年3月のKonrad Adenauerによる演説です。中でも„weil paralel laufende, gleichgeschaltete wirtschaftliche Interessen das gesundeste und dauerhafteste Fundament für gute politische Beziehungen zwischen den Völkern sind und immer bleiben werden.“というくだりは、Johan Galtung氏の提唱する真の「積極的平和主義」(2015年8月26日付の朝日新聞朝刊で読みました)を連想させます。つまり複数の国による共同体が、一番の抑止力となるのです。書き忘れていましたが、テープに録音されているのはWeizsäcker大統領の「敗戦40周年記念演説」と「ドイツ統一記念演説」(今年の10月3日で統一25周年を迎えますね)のみです。その他は一部、Itunesなどでダウンロードできるものもあり、またスクリプトはDer Bundespräsident(„Die Bundespräsidenten“にカーソルを合わせると歴代大統領の名前が表示されます)で読むことができます。統一記念演説だけはインターネット上で視聴することができなかったので、関心のある方はカセットとともにどうぞ(余談ですが、貸し出す際に職員の方から「カセットでよろしいですか」と聞かれてしまいました・・・)。テープからMDに、さてそこから今世紀の携帯プレーヤーなどに転送する機器を持っていなかったので、CDも購入してみました。

Auf Amazon.de gekauft

 こちらにはBRD設立40周年記念演説も収録されています(そのかわり統一記念のものはありません)。もちろん有名すぎる、ドイツ語に関わることのない人にも知られているほうの演説はネット動画で視聴することもできます。しかしこのようにパッケージ化されたもので聴くのも、それはそれで一興です。昔はVinyl(レコード)で聴いていたという話をなにかのブログで読んだことがありますが、う~ん、聴けはしないものの、お店みたいに飾っておきたいものです。

 戦後、ドイツと日本は平和と発展の道を模索してまいりました(いきなり演説調)。戦勝祝賀式はたしかに戦勝国のためのものかもしれません。そして謝罪は敗戦国のために用意された義務でもあるのでしょう。ただしここに一つの事実があります。敗れたからこそ将来にわたって戦争をしないという誓いができたのです。もし勝利していたら、日本は戦争のできる国であり続けていたでしょう。これからの課題は、どうしたら米国のUntertan(臣下)という状況を抜け出し、自立した、責任ある行動をとれるかということにあると私は思います。米国がこうこうするから日本もそうする、というのでは、ある意味国民にとってお上の上にさらにお上がいるようなものです。

Die Tage mit Vater(『父と暮らせば』)

 素人写真が最初と最後に二枚載りましたが、ネットオークションの出品写真ではありません。冗談はともかく、すっかり長くなって紙数がつきてきてしまいました。最後は故・井上ひさし氏による『父と暮せば』を手短に紹介しましょう。ドイツ語版は是非、ドイツ語劇サークルPanoptikumのみなさんに上演していただきたいものです(登場人物は二人だけなのですが)。物語は、原爆を奇跡的に生きのびた女性が、自分一人だけ生きているのは申し訳ないという気持ちと、一方では生きたいという気持ちの間を揺れる様を描いています。作者は、一人二役は厳しいだろうと思い、生きたいという気持ちを代表する者として父親を登場させたと書いています。この作品はドイツ語のみならず、英語、イタリア語、ロシア語などにも翻訳され、各国で上演されてきました(出版から年数が経っているので、更に国境を越えていると思われます)。朗読劇という形で、ここ獨協で上演するのもいいかもしれません。この本はアメリカの古本屋をとおしてドイツの古本屋から取り寄せたものですが、奥付を見ると、日本国内で出版されたもののようです。逆輸入です。なお、本は左にドイツ語、右に日本語という語学本のような体裁になっています。

では次回をお楽しみに。Wiedersehen!

Yuki Watanabe

映画「ヒトラー暗殺、13分の誤算」

『ヒトラー暗殺、13分の誤算』
(原題:Elser)
監督:オリバー・ヒルシュビーゲル
制作国:ドイツ
制作年:2015年
時間:114分
ドイツ語・日本語字幕

あらすじ(公式サイトより):

この”平凡な男”は、救世主か暗殺者化、それとも――。

1939年11月8日、ドイツのミュンヘンにあるビアホールで、毎年恒例のミュンヘン一揆記念演説を行っていたアドルフ・ヒトラーは、悪天候のためにいつもより早く切り上げた。その後、ホールに仕掛けられていた時限爆弾が爆発──ヒトラーが退席して13分後のことだった。

8人を死に至らしめた爆破装置は精密かつ確実、計画は緻密かつ大胆。その手口から、独秘密警察ゲシュタポはクーデターや英国諜報部の関与を疑ったが、逮捕されたのは、田舎に暮らす平凡な家具職人、ゲオルク・エルザーと名乗る36歳の男だった。あまりにも信じがたい現実――。大物の黒幕の存在を確信したヒトラーは、決行日までに彼が歩んできた人生のすべてを徹底的に調べるように命じる。

単独犯だというエルザーの主張は本当なのか?誰かをかばっているのか?

スパイである真偽は?所属する政党もなしにどんな動機があるというのか?

音楽やダンス、恋に興じ、家具職人として働く平凡な男から語られる真実とは――?


劇場情報:
東京都:TOHOシネマズ シャンテ 10/16(金)
東京都:シネマライズ 10/16(金)
東京都:MOVIX昭島 10/16(金)
神奈川県:TOHOシネマズららぽーと横浜 10/16(金)
千葉県:TOHOシネマズ流山おおたかの森 10/16(金)
茨城県:シネマックスつくば 11/21(土)

公式サイト:http://13minutes.gaga.ne.jp/

2015年10月16日金曜日

Das Geheimnis der Orgel in Passau

高島さんは、ドイツ語学科の卒業生で、現在は獨協大学図書館でお仕事されています。そんな高島さんにバイエルン州の都市パッサウにあるオルガンについて執筆していただきました。

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Das Geheimnis der Orgel in Passau

Yutaka Takashima

     Passau, eine hübsche bayerische Stadt an der Landesgrenze zu Österreich, wo drei Flüsse, die Donau, der Inn und die Ilz zusammenfließen.



     Die Stadt ist bekannt für die Orgel im Passauer Dom St. Stephan. Die im Jahr 1980 vollendete Orgel ist die drittgrößte der Welt und die größte unter den katholischen Kirchenorgeln in der ganzen Welt mit knapp 18.000 Pfeifen.
Vom Mai bis zum Oktober gibt es dort an jedem Werktag ein kleines Mittagsorgelkonzert und jeden Donnerstag ein einstündiges Abendorgelkonzert. Da ich am Donnerstag, den 10. 09. 2015 in der Stadt übernachtet habe, konnte ich beim Abendkonzert dabei sein.
     Die Domorgel ist traumhaft schön in einer weißen Kapelle mit einem wunderbaren Deckengemälde. Der Gastorganist aus Regenburg, Ludwig Schmidt, hat insgesamt sieben Stücke von J. S. Bach bis Max Reger gespielt. Der Organist hat wohl die Stücke so ausgewählt, dass er die große und vielfältige Leistungsfähigkeit der weltbekannten Orgel ausnutzen konnte. Er hat dem Instrument einen erstaunlich faszinierenden, bunten und vielfältigen Klang entlockt. Außer dem Klang der Hauptorgel waren Töne auch von den beiden Seiten zu hören. Es gibt kleine Orgeln links und rechts von der Hauptorgel und ich habe gewusst, dass der Spieler auch die Nebenorgeln benutzt. Darüber hinaus hatte ich das Gefühl, als ob ich die Töne auch von hinten, vom Altar (auf der anderen Seite der Orgel) und auch von oben hören könnte. Die Akustik in der Kapelle ist so gut, dass eine „Surroundwirkung“ erreicht wird. Doch danach habe ich gefunden, dass es eine andere kleine Orgel an der Wand im Altar gibt. Ich war aber nicht sicher, ob die Orgel im Altar tatsächlich gespielt wurde.
     Nach dem Konzert habe ich den Organisten gefragt, ob er auch diese Orgel benutzt hat.
  „Ja, ich habe auch die Orgel gespielt. Und haben Sie auch bemerkt, dass ich eine weitere Orgel von oben benutzt habe?“ So hat er mich gefragt.
     „Was? Gibt es hier oben im Dom auch eine weitere Orgel?“
     „Ja!“
     Nachher habe ich die Orgel auf der Decke gesucht, aber ich konnte sie nicht finden. Diese Frage hat mich verfolgt und nach der Rückkehr nach Japan hat sich mithilfe des Internets das Rätsel gelöst.
Die Orgel steht oberhalb der Decke auf dem Dachboden im Langhaus des Doms und der Ton kommt durch das sogenannte „Heiliggeistloch“ auf der Deckenmalerei. Das Heiliggeistloch sei keine Originaleinrichtung des Passauer Doms, sondern laut der Erläuterung von der „Wikipedia“:
eine Öffnung in der Decke des Langhauses eines Kirchengebäudes, das ursprünglich als Lüftungsöffnung für die Kirche diente. Während des Pfingstgottesdienstes diente die Öffnung dazu, als Symbol für den Heiligen Geist eine weiße Taube freizulassen, eine Holztaube herunterzulassen oder Blumen herabregnen zu lassen.
Gelegentlich ließ man durch die Öffnung trotz der Brandgefahr brennendes Werg als Symbol der Flammenzungen des Heiligen Geistes fallen. In anderen Fällen wurden die Zungen bereits als Verzierung rund um das Loch angebracht.
In anderen Kirchen wurde an Christi Himmelfahrt ein Licht geschwenkt und für die Jugend wurden Süßigkeiten und Blumenkränze geworfen oder eine Christusfigur stieg durch diese Öffnung an einem Seil in den „Himmel“ auf.
Der seit der Gotik bekannte Brauch kam nach der Aufklärung nach und nach außer Gebrauch, wird heute aber in einigen Kirchen wiederbelebt.
Im Passauer Dom ist über dem Heiliggeistloch im Dachgebälk eine Orgel als Fernwerk aufgestellt, die durch das durch ein Gitter verschlossene Heiliggeistloch hörbar ist.
     Sehr interessant! Danach habe ich die vor Ort selbst gemachten Fotos genauer nachgesehen. Das „Heiliggeistloch“ ist deutlich auf der Decke zu sehen!

2015年10月7日水曜日

映画「顔のないヒトラーたち」

『顔のないヒトラーたち』
(原題:Im Labyrinth des Schweigens)
監督:ジュリオ・リッチャレッリ
制作国:ドイツ
制作年:2014年
時間:123分
ドイツ語・日本語字幕

あらすじ(公式サイトより):

1958年、フランクフルト。アウシュヴィッツは知られていなかった。

戦後十数年を経て、西ドイツは経済復興の波に乗り、殆どの人が戦争の記憶、自分たちが犯した罪を過去のものとして忘れ去ろうとしていた。
そんな時、一人のジャーナリストがアウシュヴィッツ強制収容所親衛隊員だった男が、規則に反し、ある学校の教師をしていることを突き止める。
駆け出しの検察官ヨハンは、上司の引き止めにも耳をかさず、この一件の調査を始める。

ジャーナリストのグニルカ、強制収容所を生き延びたユダヤ人のシモンとともに、アウシュヴィッツでの悪行に関わりながら、罪を問われることなく普通に市民生活を送っている元親衛隊員個々人の証拠を集め、主席検事バウアーの指揮の下、ナチスがアウシュヴィッツでどのような罪を犯したのか、その詳細を生存者の証言や実証を基に明らかにしていく。

そして、1963年12月20日、フランクフルト・アウシュヴィッツ裁判(→外部サイト解説)の初公判が開かれた。


劇場情報:
東京:ヒューマントラストシネマ有楽町 10月3日(土)
東京:新宿武蔵野館 10月3日(土)
神奈川:シネマ・ジャック&ベティ 10月17日(土)

公式サイト:http://kaononai.com/

映画「ピエロがお前を嘲笑う」

『ピエロがお前を嘲笑う』
(原題:Who am I? - No System Is Safe)
監督:バラン・ボー・オダー
制作年:2014年
制作国:ドイツ
ドイツ語・日本語字幕

あらすじ(公式サイトより):
警察に出頭した天才ハッカー・ベンヤミン(トム・シリング)。世間を騒がせ殺人事件にまで関与を疑われ国際指名手配をされた。そのベンヤミンが自ら語りだした――
学校では苛められ冴えないベンヤミン。ピザ屋のバイトでも馬鹿にされ、想いを寄せているマリ(ハンナー・ヘルツシュプルンク)にもまともにアプローチもできない。そのマリのために試験問題をハッキングして手にいれようとしたベンヤミンだったが捕まってしまう。前歴がなかったため社会奉仕活動を命じられ、そこで野心家のマックス(エリアス・ムバレク)と知り合う。2人にはハッキングという共通の趣味が合った。マックスはベンヤミンの天才的な才能を見抜き、マックスの友人たちを交えて、破壊活動を行うハッカー集団“CLAY(クレイ)”を結成する。国内の管理システムを手当たり次第ハッキングを仕掛け、世間を混乱させ注目を集める。そしてクレイはライバルハッカー集団を挑発し、ついにはその正体を暴いてみせる。さらにドイツ連邦情報局へもハッキングを仕掛け、有頂天になっていたベンヤミンたちだったが、ベンヤミンの仕掛けた不用意なハッキングがきっかけで殺人事件が発生してしまう。ついにユーロポール(欧州刑事警察機構)の捜査が入り、ベンヤミンたち自身が危険にさらされることになり、自ら出頭することにしたのだった。
 しかしベンヤミンの自供はつじつまが合わない。翻弄される捜査官たち。果たしてどこまでが真実なのか。彼の真の目的とは――。



劇場情報:
東京 新宿武蔵野館 上映中
東京 ヒューマントラストシネマ渋谷 ~10/9
東京 シネ・リーブル池袋 10/10〜
東京 T・ジョイ大泉 上映中
神奈川 横浜ブルク13 上映中
神奈川 シネマジャック&ベティ 上映中
千葉 キネマ旬報シアター ~10/23
千葉  T・ジョイ蘇我 上映中

2015年9月30日水曜日

【卒業生インタビュー】オーストリアに魅せられた日本人/斎藤翼さん


オーストリアに魅せられた日本人/斎藤 翼さん(2010年卒)

 今日、海外で働く日本人は少なくありません。その中には出張で赴任された方々も多くいることでしょう。その一方で、自主的に海外で働き、生きることを決めた人たちもいます。その中の一人が斎藤翼さんです。交換留学を決心してからは他学科からも授業を大量に取ったり、家庭教師とともにドイツ語を猛勉強したりと、目標に向けての奮闘が続きます。斎藤さんは2010年に本校を卒業した後(アルブレヒトゼミ)、オーストリアのウィーン大学に入学、修士課程で翻訳学科(日・独・英)を専攻されました。斎藤さんの情報によると、翻訳学科のような言語系はC1が必要で、他の学科であればB2で入学できるとのことです。在学中も日本大使館でのインターンシップ、オーディオガイド翻訳と、精力的に活動。ウィーン大学卒業後はオーストリアの現地手配会社Japan Tyrol Coordinationに就職、ランドオペレーターとして勤務。その後現在に至る。と履歴書のような書き方をしてしまいましたが、それはともかく、インタビューをとおして斎藤さんの素顔に迫っていきましょう。


 「現在の仕事とそこに至る道程」

渡辺:まず、ランドオペレーターとはどんな仕事をするのか、簡単に説明をお願いします。

斎藤:日本の旅行会社ができない手配を代行する仕事です。専用車(バス)やホテル、ハイキングガイドや市内ガイド、レストランなども手配します。ちなみに飛行機の手配はやりません。だから「ランド」なんですね。

渡辺:通訳とは根本的に異なるのですか。

斎藤:そうですね、ランドオペレーターとは違います。ただ基本的に日本の会社を助ける業務をすべて引き受けているので、うちの会社ではやりますよ。例えば一つツアーを組む場合、先ほど言った手配はもちろん、お客さんが現地に来てからのケアもあるわけです。オーストリアはドイツ語圏ですから、通訳およびアシスタントは頻繁に必要になります。
100%必要になるのは怪我をしてしまった場合ですね。またテレビの取材が来たときには必ず通訳をつけます。

渡辺:オーストリア独特の単語なども通訳者には必要になりますね。

斎藤:もちろんです。発信の際にはいりませんが、受信の際は知らないと分らないですからね。特にチロルは難しいですよ。

渡辺:どのようにそういった単語を覚えていくのですか。

斎藤:現地の人と話していくしかないと思います。オーストリア語、あるいはチロル語の辞書なんかもありますが、やはり生きた単語ではないので。でもやはり、完璧にはならないので通訳にはある程度ハッタリが必要になってきます。飽くまで個人的な意見ですが、この能力は通訳上級者になるほど上手くなると思っています。同時通訳なら尚更です。

渡辺:そちらの大学で学ばれた通訳は、やはり徹底したものでしたか。

斎藤:翻訳学科だったので、通訳は基本的なことばかりでした。それでもけっこう濃密でしたね。どういった通訳があるのかから始まり、最終的には同時通訳もやらせてもらえました。技能がないと結局、同時通訳はできませんからね。同時通訳はどのように行われているのか、ということを研究している学者さんも多くいるようです。

渡辺:素朴な疑問ですが、どの言語に訳されていたのですか?

斎藤:通常は同時通訳ではないのですが、ドイツ語、英語、日本語です。日本人は自分だけでしたので、基本はすべてドイツ語、英語でした。

渡辺:やはり英語は必須というわけですね。

斎藤:構造が似ているので楽といえば楽でしたが、それ以前に翻訳通訳学科は3言語必須なので、これしか選択肢がありませんでした。通訳の先生が言っていましたが、「母国語と第一外国語は発信も受信も100%できるようにならなければいけない。第二外国語は受信だけでも100%にしなければいけない」ということです。


渡辺:斎藤さんはなぜその職業を選ばれたのでしょうか?

斎藤:現実的な話になりますが、一番はビザの問題ですね。オーストリアは国内で修士学を修めた人に、大学で学んだことを活かせる職業に就いたらビザを出すという法律があるんです。もちろん給料など細かい規定もありますが、そうでないとなかなか労働ビザは出ないと聞いています。
この話題になるといつも言う文句があるのですが、オーストリアで就職活動をする場合、会社はビザを持っていない人は雇わない、けれどもビザを取得するためには仕事が無ければいけないという決定的な矛盾があるんです。

渡辺:なぜか「ケーペニックの大尉」を連想してしまいました。

斎藤:ドイツは大きいので問題はありません。オーストリアで就職できなかったらドイツへ行こうと思っていました。

渡辺:現地の大学在学中にドイツ語圏での就職を考えていたのですか。

斎藤:そうですね、大学卒業が近づくにつれて薄々は。これだけ留学したからには、最初の数年はドイツ語を使った仕事がしたい、と思っていました。

渡辺:現地で働くからには語学力も当然必要になってくると思いますが、それ以外に重要となる「何々力」といったものには何が挙げられますか?

斎藤:オーストリア人気質にあわせなければならない場面が多いので、忍耐力でしょうか。例えばヨーロッパ人はUrlaub、つまり休暇を取ることで有名ですが、担当のホテルスタッフが日本人の団体が泊まっているにもかかわらず、急に休暇に出たりします。四つ星ホテルでも、あなたがいない間大変だったと言うと、法律で休暇を取らないといけないって決まってるのよ、と言ってくるんです。またハイキングガイドなどは夏が書き入れ時なのですが、8月に堂々と一ヶ月休暇に行ってしまう人もいます。
ただ忍耐力がいるのは、会社が日本人を相手にしているからであって、その中に入るのであれば、休暇は逆に魅力的ですよ。法的に一ヶ月も休暇を取らなければいけないんですから。日本の会社に勤めていたら、まずないと思います。
言い換えれば、忍耐力がいるのは日本人の基準をオーストリア人に求めているからです。こう言うと語弊があるかもしれませんが、日本人は注文が多く、求める基準も高いんです。


渡辺:アルブレヒトゼミはオーストリアと関連のある部分も多々あるようですが、留学先をオーストリアに選ばれた理由もそこにあるのですか。

斎藤:獨協のドイツ語学科はオーストリアありきで入りました。2001年に地元の交換プログラムでシュタイアーマルク州のグライスドルフというところにホームステイしているんです。その時からいつかオーストリアに戻りたいと思っていました。その頃は英語もままならなかったのに本当に親切にしてくれて、それが琴線に触れてしまったんですね。

渡辺:第二の故郷、みたいなものになりそうですか。

斎藤:そうですね、シュタイアーマルクはそこまで頻繁に行けなかったのですが、オーストリアという括りであれば第二の故郷と呼べるかもしれません。シュタイアーマルクはオーストリアに興味を持たせてくれた場所、ウィーンは育ててくれた場所、そしてチロルは職を与えてくれた場所です。


渡辺:学生時代の経験で、語学もそうですが、今の仕事に役立っていることはありますか。

斎藤:ウィーンにいるときは、オーストリア国内外含めてけっこう旅行していました。旅行会社なので、やはり実際に行ったところの知識は役に立つことが多いですね。オーストリアにはサマーカードというのがあって、たしか80ユーロくらいでオーストリア国鉄が夏の間ずっと乗り放題になるんです。オーストリアは本当に学生には優しい国です。ウィーンの公共交通のセメスターチケットも格安、保険も格安、授業料に至っては無料なんですから。ウィーンは家賃も安く、毎月300ユーロ弱ほどしか払っていませんでした。ただビザの更新には多額のお金が口座内に必要でしたので、なぜ学生は働けないのに毎月こんなに収入があるって証明しなければならないのだろう、と悶々としていました。

渡辺:やはりオーストリアという国に惹かれて留学されたのですか。

斎藤:はい、2001年のホームステイで人生ががらっと変わりましたからね。ドイツ語は始めないまでも、英語の勉強に精を出すようになりました。
今でもオーストリアに恩返しをしたい、という気持ちで働いています。オーストリアには本当にお世話になりましたから。ウィーン大学にしても、スコットランドの大学へ留学する際、外国人なのに奨学金を出してくれましたからね。ご存じの通り、英語圏の授業料は奨学金でもないと一般人にはとても払えない金額です。授業料を払っていない身としては、感謝の気持ちしかありません。
インターンシップの際も、学科長自らが推薦状を書いてくれました。


渡辺:これから留学したり、斎藤さんのようにドイツ語圏で働きたいという学生もいます。現地に学んで見えてきた利点、それと不便に思ったことなどを教えてください。

斎藤:利点はみなが考えているように、ドイツ語が日常的に使えるということです。言語力が落ちないというのは嬉しいことです。
当然ですが、圧倒的に不便に思うときの方が多いです。お役所との戦いは避けられません。けれど、赤白赤カード・プラスといわれるビザですが、これを5年更新し続けると、EU圏内適用の永住ビザになるということなので、それが当面の目標ですね。それから、いつまで経っても言語の壁というものはあるもので、日本語だったらどんなに楽か、ということが本当に多いです。

渡辺:具体的にはどのような場面でしょうか。

斎藤:会議や交渉に行くとき、どうしても相手のペースになってしまいます。未だに契約書だの法的書類だのに目を通さなければならないときは、溜息が出ます。引いては、文化の壁もありますね。オーストリアにいても、やはり日本が祖国ですから、いつまで経っても和魂洋才の精神は忘れたくありません。

今でもオーストリアに恩返ししたい、という気持ちで働いています。


 「翻訳奮闘記」

渡辺:少々抽象的な質問になりますが、翻訳の授業について教えてください。

斎藤:まず翻訳学科は実務翻訳と文学翻訳学科に分かれています。斎藤は実務翻訳の方でした。
授業はかなり多岐にわたります。字幕をつける授業だったり、機械翻訳、自動翻訳を学ぶ授業だったり、法廷翻訳家になるための講義、フリーランスとして自立するための講義、それにクリエイティブ・ライティングという授業もありました。もちろんメインは実践となります。日・独・英の翻訳をひたすらさせられます。

渡辺:実務翻訳ではやはり、あらゆるジャンルを扱うのですか。

斎藤:はい。新聞記事から新聞に載っている広告、薬に入っている説明書からドイツ語の歌詞、党選挙のスピーチ原稿、婚約届、運転免許証、特許申請書類などなど、すべて実務翻訳です。もちろんホームページや字幕などのメディア翻訳も含まれます。

渡辺:やはり歴史的背景、文化等の知識も重要になってくるわけですね。

斎藤:そうですね。なので授業によっては現地の人とペアになってというものが多かったです。

渡辺:授業は毎回どのように進むのでしょうか。

斎藤:実際の授業は毎回毎回翻訳の繰り返しです。宿題で翻訳が出されて、ときにはペアを組んで次回までに仕上げ、授業で話し合い添削するというように進みます。
一番記憶に残っている授業は、自分がフリーランスの翻訳家になったと仮定して、先生が翻訳の依頼人となり、最終的に疑似の入金までいったら合格というものがありました。この授業はブロック制のもので、週末に一日講義を受け、それからはずっと宿題というかたちでした。目から鱗ということが多かったですね。
これも大学で習いとても頷けたのですが、翻訳に練習本なんて要らないんです。ベストセラーになった訳書を原文と比べる、それが一番だと言われました。だから翻訳学科に翻訳の教科書はありませんでした。


渡辺:翻訳関連の雑誌などではツール(PC、辞書など)がよく紹介されますが、斎藤さんはどのようなものを利用されていたのでしょうか。専門用語の定義が辞書によって異なるということもあると思います。

斎藤:翻訳支援ツールですね。というのは機械翻訳と翻訳メモリのことで、前者は簡単に言えばグーグル翻訳です。インプットすると自動的に翻訳してしまうもの、そして後者は、これは多くの翻訳者が使っているのですが、一度翻訳した文章を覚えていて、次にそのような文章・表現に出会ったとき、自動的に訳してくれる・候補を挙げてくれるソフトです。
翻訳支援ツール、通称CATはドイツ語の定義では後者のみを指すのですが、英語や日本語では機械翻訳もひっくるめてCATと呼んでいるというのが印象的ですね。

渡辺:紙の辞書はやはり、何冊か使い分けますか。

斎藤:翻訳する文章によって必要になってくる辞書が違ってくるので、毎回図書館に行っていました。専門的になればなるほどインターネットでは調べづらい単語が見つかるので便利でしたが、今は数冊しか持っていません。


渡辺:斎藤さん自身は、翻訳家になり、つまりフリーランスとしてやっていこうと思われたことはなかったのでしょうか。

斎藤:翻訳の会社に勤めるならともかく、フリーランスでというのはなかったですね。孤独な仕事ですから。それから、小説家と違って努力がほとんど報われません。
ここからは受け売りなんですが、翻訳家も音楽家も根本的にはやっていることは同じで、文章あるいは楽譜から読み取れるものを自分なりに表現しているに過ぎないんです。けれど一方で有名な演奏家は後を絶たないのに対し、翻訳家は全くといっていいほど有名にならない。渡辺さんは翻訳の授業を受けているというのでご存知かもしれませんが、翻訳はそんなに簡単な作業ではありませんし、一つの表現に何時間も何日もかかることもあるんです。
翻訳家というのはよほどの大御所でない限り生計が立てられない、これは大学で痛いほど学びました。


渡辺:インプットアウトプット100%ということでしたが、単語の覚え方で特に有効だと思われたものはありますか。

斎藤:アナログですが、やはり単語リストを作るということですね。翻訳の授業では多くが、単語リストを作ることから始まりました。原語の意味、定義、使われ方、そして訳語の意味、定義、使われ方をリストアップするんです。このリストの作成に膨大な時間がかかりましたね。ただ、翻訳に単語力はそこまで求められないのではと、個人的には思っています。つまり、その単語の使われ方が重要なんです。なにせ翻訳の作業中はいくらでも辞書が引けるし、むしろ積極的に辞書を引いたほうがいいくらいなのですから。

渡辺:思い込みで訳すのは危険だと言われますね。

斎藤:だから生の文章を読む、書く、聞く、この3つが本当に大切だと思います。ドイツ語から日本語への翻訳であれば、日本語が一流であればあるほど良い。ドイツ語ばかり勉強していても駄目だということが、痛いほど分りました。

渡辺:翻訳ではなるべく原文の順序で訳していくのがいいと言われます。そうした構造的な面で苦労されたことはありますか。

斎藤:文章に依ると思いますが、特許翻訳などはその典型ですね。ドイツ語が一文であったら、どんなに長くても一文にしなければいけない。文というのは、長くなれば長くなるほど執筆力が問われるのですが、特許の文書は本当に翻訳しづらかったです。
当てはまらない典型としては、字幕がありますね。あれはまた、視聴者が一見して分らなければアウトなので、構造はあまり関係ありません。これはメディア翻訳全般に言えることだと思います。それから学術書を訳すときにでも、訳注を積極的に使いとにかく正確性を求めるものと、読みやすく翻訳したものがあったり、誰を対象にしているかという点でも違ってきます。

渡辺:これからは岩波文庫の訳注も丁寧に読みます。

斎藤:意訳が批判されることが多いと感じていますが、これも対象者にとっては大切なんです。直訳は文化的な相違があった時点で伝わらなくなりますから、直訳が必ずしも良いというわけではありません。


渡辺:では最後に、後輩へのメッセージをお願いします。

斎藤:「オーストリアが好き」という気持ちだけはいつも大切にしてきました。オーストリアが好きだからドイツ語を始め、ウィーンへ留学し、インターンまですることができました。そして今、自分を成長させてくれたオーストリアのために働いています。社会人になる最後のステップだからこそ、好きなものに全力投球してみるのも良いのではないでしょうか。


取材後記
 斎藤さんの言葉から、オーストリアへの愛が自然と湧き出ているように感じられました。ホームステイから始まり、留学、そして現地就職。運命的なものがありますが、そこには決断力・行動力がありました。ナポレオン・ヒルの„Think and Grow Rich“はお金の話もかなり出てはきますが、メンタリティーについても触れています。何かネガティブなことばかり考えていると、それはすぐに「実現」する。同様に、強く思い描いていることは行動を伴うことによって実現する。インタビューを終え、斎藤さんはまさにそれを体現された人ではないかと思えてきました。

では締めくくりに、あるドイツ人の行動を促す言葉を引用してみましょう。

„Was immer du tun kannst oder erträumst zu können, beginne es.
Kühnheit besitzt Genie, Macht und magische Kraft. Beginne es jetzt.“
−Johann Wolfgang von Goethe

(Interviewer:渡辺友樹 ドイツ語学科3年)

ドイツ人戦没画家 アルベルト・シャモーニ展


 芸術を解さないKulturbanauseの私が紹介するのも気が引けるのですが、長野県上田市にある「無言館」とその付属施設「オリーヴの読書館」に行ってきたのでその報告です。


 駐車場を出てしばらく歩くと石碑の形をした案内板があり,自然に囲まれた場所に無言館はあります(オリーヴの読書館は坂を半分下ったところに位置しています)。


 無言館へ続く道と美術館前景


 ここには若くして戦死した日本人画学生の作品が展示してあり、現在はオリーヴの読書館にて、ドイツ人戦没画家アルベルト・シャモーニの作品も展示されています(11月30日まで)。無言館でそれら日本人の作品を観ていると、何か芸術的感性を問わない、人間的な、静かに訴えかけてくるものが感じられてきます。心を揺さぶるといった、激しいものではありません。そこには戦争を直に感じさせるものはあまりなく、ただただ生の感情があるだけです。つまり戦争とは正反対のものがある、と私自身は思いました。 

 シャモーニの作品でも、殊にある一つの作品を前にして(ドイツ文化センターの紹介ページにある„Ohne Titel(Reiter und Kometen)“です)そういった印象を受けます。飽くまで個人的な感想で、他にメッセージがあるのかも分りません。

 主義主張は関係ありません。私はただ、是非鑑賞してみてくださいと言うだけです。


Yuki Watanabe

「ドイツ人戦没画家 アルベルト・シャモーニ展」
 期間:2014年11月30日(日)―2015年11月30(月) (4月-11月無休)
 場所:無言館(長野県上田市古安曽山王山3462)
 入場料:一般1000円、高・大学生800円、小・中学生100円

2015年9月29日火曜日

第46回天野杯ドイツ語弁論大会ほか

本学のサークル「ドイツ語会話研究会」が主催する天野杯ドイツ語弁論大会の第46回大会の開催が決定したようです。

第46回天野杯ドイツ語弁論大会

日時:2015年12月5日(土)12:30より
場所:獨協大学 35周年記念館2階 小講堂

申込締切は11月1日(金)必着

天野杯は3部構成になっており、ドイツ語初心者の方から上級者まで様々な学生が参加できる大会です。興味のある方は、ぜひ今から準備をしてチャレンジしてみてください!
詳細はドイツ語会話研究会のHPからどうぞ!

ドイツ語会話研究会:http://www2.dokkyo.ac.jp/~club0069/

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また、他大学でもドイツ語弁論・暗誦大会が開催されます。
近々、開催されるものとしては以下の2つがあります。
申込締切が近づいていますが、このチャンスを生かして自分のドイツ語力を試してみましょう!

第24回駿河台大学ドイツ語暗唱大会(主催:駿河台大学ドイツ文化研究会)
日時:2015年10月17日(土)13時半より
場所:駿河台大学第2講義棟4階AVホール
申込締切:10月14日(水)必着
詳細はこちら

第16回全日本学生ドイツ語弁論大会(主催:京都外国語大学)
日時:2015 年(平成 27 年) 12 月 5 日(土) 午後 1 時 00 分より
場所:京都外国語大学 171 教室
申込締切:10月14日(水)必着 
詳細はこちら

2015年9月25日金曜日

ドイツのあれやこれ・第2回

Guten Morgen!
第2回目の投稿となりますが、今回も戦争映画を紹介していきたいと思います。

今回紹介したい映画はこれ!


『イングロリアス・バスターズ(原題:Inglourious Basterds)』です!

初めに言っておきますが、この映画は「R‐15」です。スプラッタ映画のようなグロシーンはあまり出てきませんが、とにかく暴力や出血シーンが派手に描かれており見る人によっては気分を害すかもしれないので、そこは各自判断してください。

あと、こちらの映画ではナチは主に「やられ役」として描かれているので、ドイツが主役かと言ったらそうではないです。さらに史実が改変された娯楽映画となっております。この点に留意してご覧になってください。

こちらはアメリカ映画なのですが、ナチが登場するということで、ドイツ関連のものとして紹介させていただきます。


さて、まずはあらすじを紹介したいと思います。

1941年、ナチス占領下のフランスの田舎町で、家族を虐殺されたユダヤ人のショシャナ(メラニー・ロラン)はランダ大佐(クリストフ・ヴァルツ)の追跡を逃れる。一方、“イングロリアス・バスターズ”と呼ばれるレイン中尉(ブラッド・ピット)率いる連合軍の極秘部隊は、次々とナチス兵を血祭りにあげていた。やがて彼らはパリでの作戦を実行に移す。
(シネマトゥデイより引用http://www.cinematoday.jp/movie/T0007579)


監督はクエンティン・ジェローム・タランティーノです。彼は、この映画のほかに 「キル・ビル」などを製作しています。
主演はブラット・ピット。作中では、連合軍特殊部隊バスターズの隊長として活躍しています。

原題の「Inglourious Basterds」とは、「腐ったヤツら、名誉なき野郎ども」という意味 です。少し汚い言葉ですね(笑)

しかし、この映画を見てもらえばこの題名に納得せざるを得なくなると思います。なるほど確かにそうだな、と私は思ってしまいました(笑)

この映画の見所は、「史実を改変したハチャメチャ爽快アクション戦争映画」であるといったところでしょうか。前回紹介した映画に比べて全体的に殺人シーンが多いです。

また、あらすじにも登場しましたが、この映画は「家族を虐殺されたユダヤ人のショシャナ」の復讐劇となっているので、復讐の結末はどうなるのかをドキドキハラハラしながら追うことができるのではないかと思います。

もちろんブラット・ピット演じるアルド・レイン中尉を中心とした、連合軍特殊部隊バスターズの活躍も見逃せませんよ!かなりワイルドでめちゃくちゃですが。


最後にこの映画のトレーラーリンクを張っておきます。

「イングロリアス・バスターズ」 

残念ながら「イングロリアス・バスターズ」は獨協の図書館にありませんので、レンタルビデオ屋さんなどを利用してみてくださいね。

それでは、Auf Wiedersehen!

伊藤

2015年9月23日水曜日

ドイツ木工芸品展


銀座にある「GINZA HAKKO 木の香」さんでドイツ木工芸品展が開催されます。
くるみ割り人形(Nussknacker)や煙だし人形(Räuchermann)、マッチ箱の中に作られたミニチュアなどドイツで馴染み深い木工芸品が展示されるようです。
こうした木工芸品で有名な所といえば、ザクセン州・エルツ地方のザイフェン(Seiffen)でしょうか(参考:Naverまとめ)。
ドイツの伝統工芸品に興味のある方はぜひ訪れてみてください!

期間:2015年9月22日(火)~10月4日(日)
場所:GINZA HAKKO 木の香 B1ギャラリースペース

2015年9月18日金曜日

映画「ふたつの名前を持つ少年」

『ふたつの名前を持つ少年』
(原題:Lauf Junge lauf)
監督:ペペ・ダンカート
制作年:2013年
制作国:ドイツ・フランス合作
上映時間:107分

あらすじ(公式サイトより):

「たとえ親を忘れても、絶対に生きろ」
父との約束を胸に今、命の旅が始まる――

1942年、ポーランドのユダヤ人強制居住区から脱走した8歳の少年スルリックは飢えと寒さから行き倒れとなり、ヤンチック夫人に助けられる。スルリックをかくまった夫人は少年の賢さと愛らしさに気付き、一人でも生き延びられるよう”ポーランド人孤児ユレク”としての架空の身の上話を教え込み、追っ手から逃がす。

夫人がくれた十字架のネックレスをお守りに、教わった通りのキリスト教の祈りを唱え、寝床と食べ物を求めて農村を一軒ずつ訪ね歩くユレク。無邪気な笑顔のユレクに救いの手を差し伸べる者、ドアを閉ざす者、利用する者…。優しい家族に受け入れられ束の間の平穏をつかみかけても、ユダヤ人だとばれては次の場所へと逃げなくてはならない。ユダヤ人というだけで、なぜこんな目にあわなければならないのか。それでも、生き別れになった父との約束を胸に、ユレクのたった一人の命の旅は続く――。


劇場情報:
東京都:ヒューマントラストシネマ有楽町 公開中
東京都:下高井戸シネマ 11月28日
東京都:シネマート新宿 9月20日
神奈川県:109シネマズ川崎 公開中
神奈川県:シネマ・ジャック&ベティ 公開中
千葉県:キネマ旬報シアター 公開中
埼玉県:MOVIX三郷 10月24日
茨城県:MOVIXつくば 10月24日

公式サイトhttp://www.futatsunonamae.com/


この映画の原作となった小説はこちら(Amazon)。


ウーリー・オルレブ、母袋夏生訳『走れ、走って逃げろ』(岩波少年文庫)、岩波書店、2015年。
ISBN:978-4001146141

2015年9月8日火曜日

映画「ぼくらの家路」

『ぼくらの家路』
(原題:JACK)
監督:エドワード・ベルガー
制作年:2014年
制作国:ドイツ
上映時間:103分
ドイツ語・日本語字幕

あらすじ(公式サイトより):

旅の終わりに、弟を想うジャックが下す 重大な決断とは-? 

10歳のジャックは、6歳になる弟のマヌエルの世話で毎日大忙し。優しいけれど、まだ若いシングルマザーの母は、恋人との時間や夜遊びを優先していた。ところが、ある事件からジャックは施設に預けられることになる。
友達もできず、施設になじめないジャック。待ち続げた夏休みがようやく来るが、母から迎えが3日後になると電話が入る。がっかりしたジャックは、施設を飛び出す。
夜通し歩き続けて家に着くが、母は不在でカギもない。携帯電話は留守番メッセージばかり。ジャックは母に伝言を残すと、預け先までマヌエルを迎えに行く。仕事場、ナイトクラブ、昔の恋人の事務所まで、母を捜してベルリン中を駆け回る兄第。小さな肩を寄せ合う二人は、再び母の腕の中に帰ることが出来るのか-?


上映館情報
東京都:ヒューマントラストシネマ有楽町 9/19~
神奈川県:川崎チネチッタ 9/19~
千葉県:京成ローザ⑩ 11/28~
群馬県:シネマテークたかさき 10/24~

公式サイト:http://bokuranoieji.com/

2015年8月25日火曜日

歴史で学ぶドイツ語・第2回「Hitlers Verbündete」

Hitlers Verbündete

クロアチアと聞いて思い浮かぶのは首都のザグレブ、次に一文字違いでマグレブ(実際の発音はかけ離れていそうですが)。さて私の場合はなぜかアルジェリアにルーツをもつフランス人ラッパーRim’Kの「マグレブ・ユナイテッド」というアルバムを連想してしまいます。人の移動が文字どおりグローバル化する中、音楽の幅もそれに応じて各地で広がってゆくことでしょう。クロアチアの話をしていて、いつの間にかフランスまで来てしまいました。そろそろ国境を越えましょう。第2回「歴史で学ぶドイツ語」のスタートです。

戦争がもたらすものにはなにがあるのでしょうか。勝者の論理・世界分割、トラウマ、基地問題、荒廃、次世代に伝わらなければ風化してしまうのは、もちろん記憶です。あるいは伝わっていても、ナショナリズムの土壌となる場合もなきにしもあらず・・・。今回は第二次世界大戦中、ドイツの傀儡国家(正確にはイタリアも関わっていたのですが)となったクロアチア独立国を取りあげ、戦争のもたらすものの一部を見ていきたいと思います。ここは事実と違うぞWatanabe!と思った方は遠慮なくご指摘ください。

とはいえ、このブログはクロアチアの歴史を専門に扱っているわけではないので、有志の方は『バルカンの歴史:バルカン近現代史の共通教材』や『クロアチアを知るための60章』などを参照してください。バルカンから見たドイツという点で、新たに得るところがあると思います。またZDFでは、„Hitlers Verbündete“というタイトルで、ドイツの同盟国(枢軸国の同盟国と言ってもいいでしょう)が描かれており、ネット動画で観ることができます。ZDFは度々再放送はするのですが、入れ替わりが早いので、再び有志の方はgooglenしてご覧になってください。

1941年にはブルガリア、ユーゴスラヴィア王国が枢軸国に加盟しますが、後者では反対勢力によるクーデターが成功を収めます。その後ユーゴスラヴィア王国はドイツ、イタリア、ハンガリー、ブルガリアにより占領され、そのうちクロアチアだけは枢軸国の傀儡国家として独立しました(ここにはボスニアも含まれます)。さて、そこでたとえば、ファシストが政権を担うとどんなことになるのでしょうか。特に、民族の対立などの土壌がすでに存在していたとしたら?傀儡国家を担ったアンテ・パヴェリッチはそれ以前、イタリアに亡命しており、当地でムッソリーニの支援を受け(伊の指導者はそれによってクロアチア沿岸地域をイタリアに併合することを意図していたわけです)ファシズム組織「ウスタシャ」(Ustascha, KroatischではUstaše)を結成していました。ここで問題となるのはヒトラーの考え方に影響を受けた民族主義です。パヴェリッチは純粋なクロアチア人ということを重視し、人種政策を実行に移しました。ユダヤ人とセルビア人の大量虐殺はまた、ナチスのそれと同じように強制収容所において行われました。クロアチア中部、ヤセノヴァツ強制収容所があった場所には犠牲者のための記念碑が建っています。

ヤセノヴィツ強制収容所跡.犠牲者のためのモニュメント 
Quelle: Wikimedia Commons/Bern Bartsch

他の要因を第二次世界大戦以前に遡って探ることも可能です。しかしこの経験もまた、90年代のクロアチア紛争のきっかけとなったと私は考えます。そこに枢軸国の責任というものを見逃してはいけません。説教めいた書き方になってしまうかも分りませんが、日本もまた、その三国同盟の一員であったということ、アジアにおける戦争責任をどう意識するかということも忘れてはならない問題、あるいは課題です。

クロアチアのファシズムを短くではありますが見てきました。少しでも知識があると、リスニングも何を言っているか見当がつきやすくなるものです。今日はARDの„Nationalsozialismus:Hitlers Verbündete−Hitlers Gegner“を紹介しましょう。ここでは様々な国の戦時中における役割が、音声のみで説明されています。クロアチアの部分は5分もないので、ここの情報をもとに、聞き取りに挑戦してみてはいかがでしょうか。

ARD(ドイツ公共放送連盟):

2015年8月10日月曜日

映画「あの日のように抱きしめて」


『あの日のように抱きしめて』
(原題:Phoenix)
制作年:2014年
監督:クリスティアン・ペッツォルト
上演時間:98分
ドイツ語・日本語字幕

あらすじ(公式サイトより):

アウシュヴィッツから生還した妻と、変貌した妻に気づかない夫。
奇しくも再会を果たしたふたりは、再び愛を取り戻すことができるのか――。


1945年6月ベルリン。元歌手のネリーは顔に大怪我を負いながらも強制収容所から奇跡的に生還し、顔の再建手術を受ける。彼女の願いはピアニストだった夫ジョニーを見つけ出し、幸せだった戦前の日々を取り戻すこと。顔の傷が癒える頃、ついにネリーはジョニーと再会するが、容貌の変わったネリーに夫は気づかない。そして、収容所で亡くなった妻になりすまし、遺産を山分けしようと持ちかける。

「夫は本当に自分を愛していたのか、それとも裏切ったのか――」。その想いに突き動かされ、提案を受け入れ、自分自身の偽物になるネリーだったが・・・。

『東ベルリンからきた女』の監督・主演トリオが描く、第二次大戦後直後の深い葛藤。亡命作曲家クルト・ヴァイルの名曲「スピーク・ロウ」がやさしくささやきかける。

監督は、前作『東ベルリンから来た女』でベルリン国際映画祭銀熊賞(監督賞)に輝いたクリスティアン・ペッツォルト。主演に再びニーナ・ホスとロナルト・ツェアフェルトを起用し、愛の真理を問うサスペンスフルな心理劇を作り上げた。削ぎ落とされたセリフと無駄のない演出に、亡命作曲家クルト・ヴァイルの名曲「スピーク・ロウ」が艶やかに映える。ヒッチコックの『めまい』を彷彿とさせる傑作と世界が絶賛した本作。

戦後70年の今、”収容所のその後”を生きる夫婦の愛の行方から、私たちは目を逸らすことができない。


上映館情報:
東京:Bunkamuraル・シネマ 8/15公開
神奈川:シネマ・ジャック&ベティ 順次公開
千葉:千葉劇場 8/22公開

公式サイト:http://anohi-movie.com/

2015年8月6日木曜日

高校生のためのドイツ語入門講座&全国高校生スピーチコンテスト

7月27日から5日間、第19回高校生のためのドイツ語入門講座が開催されました。

北海道などを含め遠くの都道府県からも30名以上のドイツ語に興味のある高校生たちが参加して、ドイツ語を一緒に勉強しました。
ドイツに長期滞在の経験のある方から、高校でドイツ語をやっている方、ドイツ語は全くはじめての方など、参加者各々のドイツ語レベルはバラバラでしたが、ゲームなども交えつつ楽しくドイツ語を勉強できるようになっています。
授業は獨協大学の先生やネイティブの先生、院生たちによる明るい雰囲気で行われました。参加者の中には昨年も参加していて「楽しかったから今年も来ました」という、リピーター参加者もいるほどでした。
最終日には、講座で習った数字を使ってビンゴ大会も開催されました。今年は、各先生方からの特別賞も設けられ、豪華(?)賞品も並びました。

参加者のみなさんに5日間楽しんでドイツ語を学んでいただけたのなら幸いです!
2年生以下の方は、ぜひまた来年も参加してくださいね!3年生のみなさんは、ぜひキャンパスでまたお会いしましょう!
Auf Wiedersehen! Bis nächstes Jahr!




高校生のためのドイツ語入門講座
http://www.dokkyo.ac.jp/d-kouza/d-kouza01_j.html

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また、8月1日土曜日には、第17回全国高校生ドイツ語スピーチコンテストが開催されました。
今年も全国から160名を超える応募があり、その中から予選を勝ち抜いた計26名の高校生が本選でハイレベルなドイツ語を披露してくれました。

第1部は、ポーランド出身で世界的に有名な絵本作家Janoschの絵本からの抜粋です。中にはドイツ語をはじめて数か月という出場者もいましたが、それを感じさせないくらい流暢なドイツ語を披露してくれました。

第2部は、先生と生徒との補習でのやり取りをコミカルに描いた短いスケッチです。出場した7組は、小道具や演出などそれぞれ工夫を凝らして、非常にwitzigな劇を披露してくれました。ところどころ会場からは笑い声が聞こえました。

第3部では、世界平和やバリアフリーの社会についてなど、もしかしたら日本語ですら難しいテーマについてドイツ語の自作スピーチを発表してくれました。スピーチ後は、審査員との質疑応答が行われましたが、みなさんドイツ語で堂々と自分の意見を述べていました。

審査を待っている間は、チェロ、声楽、バレエという組み合わせで、ドイツ語の歌曲が披露されました。この異色のコラボから生み出される美しいハーモニーに、会場は盛大な拍手で包まれました。

その後は、緊張の結果発表です。コンテストなので、もちろん受賞される方もいれば、惜しくも受賞にならなかった方もいます。しかし、出場者全員の誰が受賞してもおかしくないくらい、みなさんのドイツ語レベルは高いものだったと思います。受賞を逃した悔しさのあまり涙する方もいらっしゃいましたが、その悔しさをバネにドイツ語の勉強を続けて、ぜひ来年再チャレンジしてください!

出場者のみなさん、審査員の先生方、運営スタッフの方々、お疲れ様でした!


本選結果は大学HPよりご確認ください。

全国高校生ドイツ語スピーチコンテスト
http://www.dokkyo.ac.jp/d-speech/d-speech01_02_j.html